戦争体験者と若者の平和への願いを、英訳して世界に届けたい。

翻訳プロジェクトに寄せて

 

継承とは、「分かろう」とすることだと思う。

いや、「分かる」なんて、簡単に言えない。

あとから生まれてきたわたしたちに、「分かる」はずがない。

それでも、「分かろう」とする。

その真剣な行為だけが、過去を生き、死んでいった大切なひとの存在を、

確かな手ごたえをもって浮かび上がらせてくれる。

この本には戦争を経験したひとの顔写真と、言葉と、彼・彼女らに宛てた

若者たちの手紙が収録されている。

その顔に潜む無言の気配、若者たちの手紙が呼び起こす不思議な感動は、

そこにいたるまで、彼・彼女たちが真剣に「分かろう」とした

時間の濃密さを伝えているのだろう。

「分かろう」としなければ、わたしたちは忘れてしまう。

はじめから「戦争被害者」と名の付くひとがいたわけではないのだ。

そこにいたのは、となりの誰かであり、遠く離れた誰かであり、

偏見にまみれた誰かだったのかもしれない。

そのひとが戦争のなかで、生きる意味を否定され、殺された。

戦争は社会が引き起こすものである以上、

その社会を生きていた、すべてのひとびとが少しずつ加担して、

そのひとのいのちは断ち切られた。

この経験を忘れたとき、わたしたちは戦争を繰り返すだろう。

「分かろう」とすることは、平和を守り育てていく足場の創造に

つながっている。

 

翻訳もまた、この「分かろう」とする行為の一種である。

世界には知りたいと思っているひとがたくさんいる。

それでも、どんなにインターネットが発達しても、言葉の壁をこえて、

「分かってもらう」ことは難しい。

このプロジェクトが、いま、世界ではじまった、戦争体験を受け継ぐ

無数のプロジェクトの一端に連なって、互いの体験を受けとめ、

「分かり合う」関係の創造につながってくれたらと願う。

 

「一緒に行動していきましょう」。

 

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山本唯人（やまもと・ただひと）

　　　　　　　　　　　　　　　　東京大空襲・戦災資料センター主任研究員