私が原発に関心を持ち活動し始めたのは1986年にさかのぼります。非核政策を進めようとしていたニュージーランドを支援しようとしたことです。

 

◆ Peace Choco Working Group – ピースチョコ・ワーキング グループ ◆

(★あの大女優さんも協力してくださいました★)
 

 

◆ 原発ゼロ,自然エネルギーの先進国 ニュージーランド ◆
●ニュージーランド非核政策支援と協力

ニュージーランドでは80年代、市民たちがアメリカの核を搭載した原子力潜水艦の寄港を阻止する運動を展開しました。政治的な立場やイデオロギーを越えて、自分たちの住む国の“綺麗な、美しい海を守りたい”、の一点で団結してアメリカに「NO」と言いました。アメリカはその後、報復措置としてNZに対して経済制裁を加えました。その時にNZの友人が日本も何かできることで、この政策をサポートして欲しいと言って来ました。これを受けて、友人たちと相談して、NZ産のキウィーフルーツが入ったチョコレートを輸入して日本の平和運動グループに売り、それを彼らの活動資金とする、という趣旨で活動を始めました。そのために友人5人で “Peace Choco Working Group”という小さなグループを立ち上げました。

 

マスメディアがとりあげてくれ、多くの関係者に助けられて二つの目的:
①アメリカからの経済制裁を受けたNZをサポートするためのNZ製品の輸入(NZでは“Boycott”に対して“Girlcott”と呼んでくれました) 
②日本の平和運動への資金調達の一助、
を多少なりとも達成できました。当時はまだクール宅急便などというものはなく、真夏にチョコレートを各地に送るというのはとても大変でした。また、輸入チョコレートに20%の関税がかけられていたので、大蔵省(当時)の統計によると私たちだけで前年比の50倍以上のチョコレートをNZから輸入しました。後日当時のロンギ首相からお礼の手紙を頂きました。

 

初めてそのチョコレートを販売したのが1986年8月、東京山手教会での平和集会でした。主催者が吉永小百合さんに講演を依頼しましたが、講演はあまりしないが、詩の朗読だったら協力したい、とマネージャーさんを通して参加のお返事を頂きました。そこで初めて原爆詩人、栗原貞子さんの代表作、“生ましめんかな”などを朗読されました。会場が静まり返ったのを覚えています。ご存知のようにその後も、日本のみならず世界各地で原爆詩の朗読を続けられています。また、東日本大震災後は被災者が作られた詩も一緒に朗読して、さらにその活動は広がっています。

 

 

吉永小百合さんは私たちのささやかなPeace Choco Working Groupの活動も協力して下さり、チョコレートをたくさん購入してくださいました。そしてある日、一緒に食事をする機会を作ってくださいました。吉永小百合さんなりの私たちの活動への応援と励ましでした。

 

 

(私達の活動が取り上げられた新聞記事)

● 原発ゼロ、再生可能エネルギーの先進国 ●


ニュージーランドの面積は日本の7割くらいで、人口は私が住んでいた1970年代中頃は300万人くらいで、首都オークランドには約250人の日本人が住んでいました。現在の人口は約400万人で横浜市より少し多いくらいです。ニュージーランドは原発ゼロです。国策として再生可能エネルギーに力を入れており、総発電量の57%を水力、11%を地熱、4.9%を風力でまかなっています。再生可能エネルギーの総発電量に占める割合は72.5%にも及んでいます。

(参考資料:ニュージーランド政府によるNew Zealand Energy Data File 2010)。

2011年に新たに地熱発電プラントを日本の企業が納入し、稼動後は地熱発電の割合が14%に上ると予想されています。

 

日本と同じ火山国、地震国ですが、様々な困難を克服し、現在まで再生可能エネルギーの利用を増やして来ました。特に地熱発電についてはマオリ族の人たちとの確執を時間をかけて解決し、協力関係を築いて来ました。2025年までには全体のエネルギーの中で自然エネルギーが占める割合を90%にまで引き上げるという目標を立てています。

 

NZにはコンビニも、自動販売機もありません。少しはあるのかもしれませんが、人々の生活がそれを必要としていないのです。店は5時には締まるし、夜は暗いのが当たり前。私たちも生活の質を変え、電力の消費量を少なくして、再生可能エネルギーを多く導入すれば、原発のない社会が実現できるのではないでしょうか。同じ地震国で、温泉国の日本はNZの経験に学ぶところがあると思います。

(村田則子)