こんにちは。プロジェクト副実行委員長の池 みゆきです。

 

今回は、少しだけ私自身のことをお話ししたいと思います。

私は、1981年に二分脊椎症で生まれました。

まさか自分の娘が障がい者だなんて思わなかったのでしょう。

父は私に障害があることを知った瞬間、気を失って倒れたそうです。

当時は、今よりももっと障がい者への理解が低かったと思います。

障がい者=家に閉じこもり、なるべく外にはださない、という風潮でした。

しかし、私の両親はそうはしませんでした。

地元の保育園、幼稚園に通いました。

時には、心無い言葉をかけられることもあったそうです。

しかし、両親はまけませんでした。

特別支援学校ではなく、地元の普通学校へ進学させてくれました。

 

学生時代の私はまさに「いわれるがまま、流されるまま」生きていました。

親や先生が敷いてくれたレールに乗り、周りに恵まれ、のほほんと。

進学の時も、親や先生、友人が支えてくれて驚くほどスムーズでした。

 

そのツケが回ってきたのが大人になってからです。

学校を卒業した時、私はどうしていいかわからなかったのです。

そもそも、自分で働かなければいけない、という意識がありませんでした。

将来の夢もない、やりたい仕事もない、どうなりたいのかわからない。

短大卒業後は一年間、家に引きこもっていました。

最初の方は、何もしなくていいプータローな生活を満喫していました。

でも、だんだん飽きてきたのです。そこでちょっとアルバイトでも、とやってみました。

しかし、うまくいくはずはありませんでした。

だって、アルバイトとはいえ仕事に対する責任感が全く持てなかったのだから。

 

そろそろバイト辞めたいなと思ったとき、正社員として就職が決まりました。

その会社は、短大時代に学校に勧められて受けていた特例子会社でした。

まさに、ラッキー。運がいい。

何も考えず、流されるままに就職までできたのです。

もちろん、ここでも悩みました。

お給料をいただき、働く。そんなこと、一度も考えたことなかったから。

ある人に「会社に来ていればお給料もらえるんだからいいじゃない」と言われました。

その通りです。その時の私は、まさに「会社に行っているだけ」でした。

 

そんな日々のなか、あるイベントで知り合った人が言った言葉。

人は役割を持たないとダメになる

当時の私は、この言葉に衝撃を受けました。

 

私は当時、社会の中にいたけれど役割を持てなかった。

あえて持たないようにしていたのかもしれない。

 

その後は、「障がい者にも役割を!」との思いで様々なイベントを企画・主催。

イベントを自分が主催することで、役割が持ちたいのかもしれないと思うこともあります。

現在、13年間勤めた会社を退職。

この「REAL VOICE」をはじめ、様々なイベントを企画・開催しています。

さらに、「やってみたい!」と思えることに出会いました。

まだまだ勉強中ですが、それに挑戦することが楽しい。

また、そこで知り合った方々がとても素敵で大好きです。

たまに落ち込むことはあるけれど、今がたぶん、人生最高に幸せで楽しいです。

 

このイベントで、みなさんにもそんな「ウキウキ」を見つけていただけたらなぁ、と思っています。

 

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