私が自然栽培を選んだ訳

 

小学1年生の朝顔の栽培と観察、皆さんもやった記憶がありますか?おそろいの鉢に、みんなで一緒に種を播いて、生長に合わせて支柱を立てて、夏休み前には自宅に持って帰って、休みの間は観察日記をつけて、、、。 私の友達は学校においてある間に、花が咲いたり蕾をつけたり、皆同じ淡い紫色で綺麗でした。ところが、私の朝顔は一向に成長しません。

 

夏休みに入り、自宅で世話をしていましたが、なかなか生長しませんでした。やっと一つだけ蕾をつけました。でもその蕾は紫色にはならずに白い色をしていました。数日してもなんだか弱々しく感じるような、薄いピンクがかった白のままでした。それでも、朝顔の花が見たくて世話を続けました。そしてなんと、その蕾は夕暮れとともに開き始めたのです! ほんのりとピンクがかった白い花でした。夕顔だったのか、突然変異なのかは、今となってはわかりませんが、確かに咲いたのです。母と一緒に、その花を愛でました。

 

これが私の人生においての、初めての農体験だったのです。

種が目覚めて土から芽を出し、生長し、種を残してその命を終える。鮮烈なドラマを目の当たりにしていた小学1年生もやがて大人になり、そんな ごく自然な営みから長い長い間、そう、ニセコに住み始める29歳になるまで、遠ざかって暮らしていたのです。

 

二十代中盤から後半に、国内や海外を放浪していくうちに自然の大切さは、抽象的に感じるようになっていました。ニセコに移住した時には、その気持ちが具体化され家庭菜園という表現に繋がりました。自分で食べる物を自分で作るという事に、たまらないグルーブを感じました。

 

自分で育てるからには、農薬や化学肥料を使わない方がいい。方向性は最初から決まっていました。ニセコ町内でご縁のある木工作家さんの自宅で、手に取った小冊子に自然農という言葉がありました。今は亡き福岡正信爺の書いたものでした。

    あ これに本当の事が書いてある、、、、!

 

直感で そう感じました。腑に落ちたのです。 化学物質や、ゴミの問題や、地球規模の環境汚染などが取沙汰されて久しい時代に、唯一 救いの手を差し伸べる事の出来る行い。

 

自然農 自然農法、自然栽培など色々な言われ方で言われているこの農は至ってシンプルなのが共通点です。要約すると、農薬や肥料を必要とせず、草や虫を敵とせず、土壌の微生物を活発に活動させて、本来の土のチカラで作物を生長させる農の手段。

とは言え、この常識が通用しない大多数の方々には、オカルト的な不信感を招きかねない現状が、まだある現状です。

 

 

 

その不信感は何処から来るのでしょうか? 私は、今迄の農業政策や、化学企業の農業への参入する姿勢などもありますが、消費者の皆さんの意識が鍵を握っているのではないかと思います。誰が、どのような思いで、どんな育て方で、生産したお野菜か?なんて そこまで考える方は少ないと思いますが、みなさん安心して食べられるお野菜を手に入れたいともう気持ちはあるはずでしょう。

 

皆さんの意識が高まれば、消費者ニーズという大きな波となって、流通ルートをさかのぼって、生産者に伝わると信じています。そうです、生産者は皆さんが食べたいものを、作る用意があるのです。

だからこそわたしは、顔の見える直売という販売方法にこだわっているのです。

 

自然栽培で育ったお野菜は保存性も高く、見た目や風味、食感、色々な面で皆さんの五感に響く本当の美味しさのあるお野菜です。そして、みなさんの健康な心と身体をつくるお手伝いが出来るものなのです。

 

食べていただけば、わかっていただけると確信しております。

 

 

 

 

 

        

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