こんにちは。シャンティ国際ボランティア会の竹内です。

 

バンコクで5時間程の長いトランジットの後、ついにネパールの大地を飛行機から見えるようになりました。

飛行機は1時間以上カトマンズ上空を旋回し、空港に着陸しました。

 

空港に降り立つと、遅れた理由が分かりました。

各国からの支援物資受け入れのため、空港は大渋滞となっていました。

カトマンズのトリプバーン国際空港は世界一小さな国際空港として知られており、滑走路は一つしかありません。離陸と着陸は相互に行い、大きな機体を停めておくスペースも限られていました。

 

 

人とモノの流通が限られるのは、人道支援では大きなハードルになります。

現地から上がってくる状況報告書などの事前情報では、すでに国連の人道問題調整事務所(OCHA)が支援調整を行っている旨が報告されており、OCHAが各国から集まる救援隊がスムーズに働けるよう、各種働きかけをすでに行っていました。

 

入管では、救援隊向けの特別ビザが発行され、入管後にはOCHAのレセプションデスクがあり、団体登録や各種クラスターの基本状況を知れるようになっていました。

 

現地入り後、すぐに調査を開始。

関係団体への聞き取り、被災地域への視察、市場調査、政府や他団体の動向把握といったことが重要です。

 

支援ニーズはどこにあるのか、

いつまでに、どのくらいの規模で、

誰に対して支援が可能か、

そしてその支援の仕組みを組み立てることができるのか

五感を使って探りました。

 

調査結果から徐々に状況が明らかになってきました。

地震発生直後はカトマンズ市内が塵で覆われていましたが、カトマンズ盆地内の被害は局地的の様でした。

 

震源地の状況はまだ分からない。

数十回にも及ぶ余震が被災者の大きなストレスとなっているよう。

分野ごとの支援調整が始まったようだ。

学校は再開のめどが立っていない。

 

わかったことは、これは地方の震災だということでした。

日本のニュースでは、首都が被害を受けているのがクローズアップされていました。実際には、首都の被害は軍や警察、ボランティアの支援が入っていて、地方の村落はより深刻な被害を受けていましたが、道は決壊し、孤立した状況が続いているということでした。

 

多くの団体が震源地に向かいましたが、他の被災地への支援が手薄になっていることも分かりました。

国全体の支援から、支援の必要がある人たちが取り残されないような支援活動をしよう。これがシャンティのネパールでの活動のベースとなりました。

 

皆さんのご協力よろしくお願いいたします。