Behind NGK production

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キャンプの裏側《国のする事・NGKのする事》

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vol. 1

 

 

 

序文

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自分とは何か? そんな当たり前で、人間の発育や人格の形成において最もファンダメンタルなことですが、私、代表の江尻は、自身の娘の小学校生活6年間、あるいは教え子達の中学生活3年間を観察した結果、「文科省は人と足並みをそろえる事ばかりを教える」と感じていました。

そこに、プログラム・ディレクターの綱島シャルルが、「次のニュージェネのテーマ、”セルフ”ってどうかな?」と。

そこで今回のキャンプでは、皆様もご承知の通り、学校の授業ではなかなかフィーチャーされない(何れにせよ時間をかけて多角的アプローチをする事が困難であろう)サブジェクトである「セルフ・アウェアネス」を探求する方向でプリ・プロダクションが1月にスタートしました。

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ところが、皆様も更にご承知の通り、その後4月に入り、過去数年に渡って受けてきた、キャンプの運営に必要な国の助成が無くなった事が判明します。しかし、その時点で「セルフ」は既にプログラムとして形になりつつあり、どんな事をしてでもキャンプを開催させたいという思いから、村上龍氏の協力を得て、NGKはクラウドファンディングに突入します。

NGKは昨年まで、日本の未来である子ども達に「投資」する資金の一部を、「学校外の子ども育成活動を公が民に委ねる」と謳う文科省傘下の《子どもゆめ基金》より、その年の運営費の30%程(これは助成金額決定通知が参加者募集よりも遅い為に毎回スタッフの自腹等でアジャストした結果でしかないが)、約50〜170万円をコンスタントに助成交付されてきた事が団体成長の大きな要因となっていました。

 

6年前スタート時の「江尻宅BBQパーティー」レベルから、翌年一変して「各自治体・教育委員会御墨付事業」になれたことについては、現在でも基金に大変感謝しています。

一方、今回の不採択については、NGK代表としての憤りよりも、1国民・1保護者として感じた不安が勝っています。

 

思い返せば、毎年12月の申請から翌年10月の申告まで、ほぼ一年中基金とおつきあいする事5年。基金の担当者はしょっちゅう変わり、その度にまた1から説明。交付される金額は毎年変動があり、確定も通知も遅ければ、事務手続きであれ、何であれ、「民」のこちらからすると、遅い&非効率&意味不明な「公」のシステム(アナログ・デジタル共に)には、つっこみを入れたくなったり、ぼやかずにはいられない日々でしたが、それでも私には「ハイスペックなプログラムをアフォーダブルな金額にて色々なお子様へ届けたい」という思いがあり、何度担当者が変わろうとも、常に丁寧な説明と熱意を伝え続け、基金とは良好な関係を築いていると捉えていました。

 

本年の不採択通知を受け、それではいったいどういった事に国の予算が使われているのかと疑問に思い、交付内定団体のリストを見てみると、NGKの様な大きめのイベントがどーんと減り、5万円〜30万円規模のイベントが大幅に増えているという印象で、「ああ、むしろ今までNGKに国の予算が来ていた事自体が、奇跡的な話だったのかもしれない」と思ったのでした。

http://yumekikin.niye.go.jp/koufu/h28/chuubu1.html

ともあれ、去る者(特に「公」の場合)はどうにもならないので、さっと忘れ、次。

 

本来であれば準備の追込みの時期に、確証ないクラウドを立上げるという、無謀・順番前後しまくりの決断でしたが、私には、「この人達が一緒なら出来る」と信じられる八人がいました。

 

まず、村上龍先生。

先生の推薦文を拝受し、読み始めたとたんに、涙が出ました。

以下、先生からクラウド初日に頂いたメールより抜粋

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サービスを受ける人の笑顔、感謝が、最大のmotivationになるのは、どんな人、業界でもいっしょだと思う。今後、時間をかけて継続していける仕組みを考えればいいと思うよ。

「道徳なき経済は犯罪である。経済なき道徳は寝言である(二宮尊徳)」

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二人目、主任講師のジェフ。

立上げからの、NGKの看板先生であり、優れた広報・営業であり、人として・プロフェッショナルとして、江尻が最も信頼している教員です。この人がいれば、子ども達は必ず質の高い時間を得れる。

 

三人目、ディレクターの綱島。

NGKとは何ぞや。4年目にメンバーとなるやいなや、客観的且つ的確な発言により、その後も常に、NGKの原点と目的を江尻に再認識させてくれた人物です。この人がいれば、必ず整合性とれたプログラムが提供できる。

 

四人目、創業メンバーの嶋田。

正にNGKの初日から(正確には、初日の2日前、来るはずの先生が来れなくなり、急遽登壇、現在に至る)どんな事があっても、「おーっと」とは言うものの、過剰に反応する事はなく、「じゃ、とにかく頑張りましょう」と言い続けてくれる、太陽。

 

五人目、江尻が20代の小娘だった頃からの、兄貴、木越。

誰よりも、私と一緒になって、怒りを露わにしたり、心から泣いたり、笑ったりしてくれる人。本音で喧嘩ができる、そして歩み寄れる人。常に底から支えてくれるメンバー。

 

六人目、i&m inc. のマダム池。

江尻の亡き母の親友であり、仕事をする女性である事・人生の先生。

七人目、チクマの竹馬社長。

江尻のおそらく最初で最後の「上司」と呼べる、やはり人生の先生。

自分が信用できなくなった夜は、このお二人の「あなた達ならやれる」という言葉を信じて眠りにつき、そして翌日また頑張る。今年はその繰り返しでした。

 

八人目、電通の前田さん。

NGKの為に、4月からご尽力くださいました。現在も、リターンの手配、龍先生と私とのやりとりなどに、お手間を頂いています。個人的にご支援も頂いています。本来ならば、NGKとは全く関係がないはずなのに、常に暖かい言葉と行動で応援してくださる、とても大きなハートの方です。

 

以上、再度謝辞。

 

 

さて、今回主任講師のジェフとディレクターの綱島は、オペレーション/ロジスティクス面で幾つか明らかに改善点がある事は否めないと言及するものの、キャンプ後自宅へ戻った子ども達に「親の想像を超えたポジティブな変化」があったと多くの保護者からのメッセージを受け、NGKの方針や志を評価された事に満足していると語ります。

私も、彼らの指摘は完全に理解していて、今後継続するには当然細かい実務的問題を解消し、進歩する必要があります。更に、リーダーというチームの羅針盤であり続ける為には、もっと大きな絵、NGKの現在地と目指す場所が見えていなければなりません。

 

NGK自体から話がすこしそれますが、先月中旬から、全く未知のイタリアの中学校へ通い始めた12歳の娘の様子を見ていると、彼女の順応性と適応能力は、NGKに毎年参加し鍛えられてきた賜物ではないかと。NGK代表としても、一親としても、自画自賛発言かもしれませんが。「チャオ」以外、全くイタリア語が分からない状態で、最初の数週間はストレスで胃をやられていたようですが、1ヶ月も経たないうちにそんな事は過去となり、もうすっかり馴染んだ様です。ここの所、毎日の様にイタリア人の群れに交じって飄々としている写真やテキストが送られてきます。

私も子どもの頃、アメリカへ留学しました。私はNGKキャンパーではありませんが、親の都合で幼少期からあちらこちらに連れまわされた経験があるからか、やはり早い段階からアメリカ人の群れに交じって飄々としていたと思います。(というか、私には娘の様に胃が痛くなる繊細さはなく、大して英語も話せない初日から、アメリカ人のギャーギャーうるさい子に喧嘩を売っていたと記憶していますw そのアメリカのサマーキャンプの記憶が、NGKの基礎となっています)

 

当時アメリカでは、日本人の不動産買収劇が加速していて、多くのアメリカ人(特に共和党員)は、日本人はとてつもなくタチが悪くて頭が良い、恐るべき民族であると認識していました。おかげで私も、サマーキャンプ後に入学した学校ではとんだ思い違い(あるいは差別的な嫌がらせ?)をされ、日本で数学のテストについては40点以上とったためしがないにも関わらず、「それは日本の学校が異常に難しい事を軍隊の訓練さながらに教えているからである」と言い放つ教頭(確実に共和党w)の指示により、他の本当に優秀な日本人達と共に、一番難しいAPカリキュラス(アドヴァンスド・プレイスメントの微分積分)というクラスに入れられてしまい、ファイナルエクザム(期末)でDマイナス(落第点)を取るまでは、私が全く授業についていけていない事を誰も信じてくれず、ただひたすらぼーっと座っている(スペースアウトしている)日々が3ヶ月続きました。この間、決して数学の知識を得る事はありませんでしたが、ただ、毎週月曜日に教頭の所へ出向き、「本当に全く分からないので、下のクラスに変えてください」「何度もいいますけれど、これは時間の無駄です」「怠けてんじゃないよ!マジでさっぱ分かんないって何度も言ってんじゃん!」と日々広がる表現を搭載し抗議する事で、(後、例の子との喧嘩し続ける事でw)、どんな場合でも英語がスラスラ出る様になったと、今でも信じています。

 

という具合に、私や娘の様なそもそもランゲージオリエンテッド(語学志向)ではない子どもも、無理やり話さないと生きていけない状況につっこまれれば、すぐに話せる様になります。所が、ここで興味深いのが、日本でアメリカンスクール等に通っていたペラペラの子が、言葉に問題がなくとも、環境に耐えられずに日本へ帰っていくケースがあるという事です。耐えられないとはどういう部分かというと、親が側にいない環境で、自分でなんでもある程度「自由」に決めて行動しなければならない重圧という部分です。見知らぬ土地で、自分で責任を持つ機会を与えられた事に、自信と好奇心をもって挑めるか、それとも怯えて萎縮するか。子ども時代に一度萎縮してしまうと、年齢を重ねてもそこからなかなか出れなくなります。

 

NGKの教員は皆、そんなこんなで近年、英語教育!英語教育!と叫ばれている事自体に、クエスチョンしています。(もっと理論的・学術的な理由もありますが)日本語で自分の意見が言えない子どもに、英語を教えたからといってコミュニケーション能力が高まるはずもなく、ファンダメンタルな所が抜けている様に感じます。当然、言葉は、覚える事が目標ではなく、使う事が目標です。進学や就職以外に使う動機となる世界観を大人が見せていかなければ、いくら紙の上で学んでも、それ以上に発展はしないでしょう。

 

特に文科省のアプローチや指導要領、戦後のそれと大して代わり映えしない内容の教科書、英検、受験英語などについては、語るにも圏外です。

 

人の内から輝く教養や、本当に使えるスキルとは、押し付けられて習得したものではなく、ましてや規格が決まった(しかも偏っている)知識などではないと思います。

 

私が普段教えている生徒の中で英語力が高い子ども達は、頭が良いとか努力家というよりかは、単に他の子ども達よりも「知りたい」という意欲と、物事の成立ちや未知に対する好奇心が強いと言えます。

子どもとは、キュリアスであり、ナチュラルであるべきです。

 

NGK自体、マーチャンダイズする上では皆様に分かりやすい様に、「イングリッシュキャンプ」や「英語教室」を名乗り、実際にしっかりと英語を教えるのですが、本当に教えたい事は英語などではありません。

特にキャンプにおける英語は、あれこれ見たり体感してもらうための媒体(アートもそうです)という要素が強く、決して主軸になるサブジェクトではないのです。

NGKで子ども達に最も教えたい事は、紙に書くのではなく、実際に体感してもらう事で染み込んでいく様にデザインされています。

いろいろと経験し、視野が広がり、興味と意欲が生まれる。好奇心があれば、学問は学問と意識せずとも結局身についてしまう。多様な体験により身につくたくましさもそうです。身についた暁、そういった知識やスキルは生きたツールとなるーーーという事を感覚的に理解してもえれば、と、思っています。

 

保護者の皆様には、世間の動向に足並みそろえレールを引くのではなく、その子が自発的になれる「きっかけ」を提供してあげて欲しいと願います。(期待しています!)

 

国や行政には、無駄に頭数を増やしたり、予算を使って仕事をしているフリをするのではなく、リアルなモノ・コトに目をかけて、子ども達の貴重な時間や、ない税金が無駄にならない様に、真剣に仕事をして欲しいと願います。(あまり期待はしていませんが・・)

 

 

最も期待するは、本文をお読みくださっている皆様の存在です。

今後共、皆様からご支援・ご支持を頂ければ幸いです。

 

For you, our favorite sound from the camp♪

Please enjoy!

 

 

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