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クラウドファンディングの終了まで本日で残り6日となりました。ついに支援総額は目標金額の90%まで集まりました。

 

 

 

2017年11月17日23時まで引き続き皆様、よろしくお願いいたします。

 

本日は過去にアジール・フロッタン再生展で投稿した内容の中で、設計当時の社会情勢などに関する投稿した内容をまとめました。

 

 

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[浮かぶ難民船の設計を依頼した依頼主の救世軍とは?]

旧姓グンとは1865年に英・メソジスト教会の牧師がつくった伝道と人道支援の組織です。フランスでは1881年に初会合が持たれ、年末に行う「社会鍋(Christmas kettle)」という募金活動をきっかけに世界的に広まりました。なお軍隊に組織体系を倣っただけで、武力はもたない組織です。

 

https://twitter.com/asileflottantJP/status/890043181919645696 より

 

 

アジールフロッタン号が設計された当時、時は2つの世界大戦の狭間でした。フランスは戦勝国でしたが人的・物的被害は大きく、ドイツからは賠償をあまり得られずにいました。フランの価値を戦前の5分の1まで切り下げ、ようやく好況を得たのが1929年頃でしたが、間もなく世界恐慌が訪れ、世界は徐々に大戦へ向かうこととなります。

 

https://twitter.com/asileflottantJP/status/892596680964554752 より

 

 

浮かぶ避難所・アジールフロッタン号では、冬は寒さで橋の下にいられない浮浪者を収容し、夏はパリ近郊につなぎ子どもの林間学校に使ったと記されています。世界大戦による不況、出生率低下と世界大戦での若者激減を理由に移民受け入れをしていた当時のパリには、浮浪者も多くいたようです。

 

https://twitter.com/asileflottantJP/status/894031477825871872 より

 

 

また、1900年頃のフランスでは、女性の政治参加・社会参加を求め、女性による日刊紙の発行、コルセットの廃止とズボンの着用、同性愛の公言などさまざまな動きがありました。フェミニズムが社会や文化の渦を生んでおり、フェミニストが多く関わったアジール・フロッタンもその一つといえます。

https://twitter.com/asileflottantJP/status/892943279779495936 より

 

 

そうしてつくられたアジールフロッタン号は、ミシンがなければ存在しなかったのではないか、という考察もあります。パリ救世軍建築へ資金援助し、ル・コルビュジエを推薦したのがウィンナレッタ・シンガーです。彼女は「シンガー・ミシン」の発明家アイザックの第20子で、父の莫大な遺産を芸術のために使い、サティ、ラヴェル、フォーレなど錚々たる人たちもその恩恵を受けています。

 

https://twitter.com/asileflottantJP/status/887864585520242688 より



1929年に救世軍からル・コルビュジエが依頼を受け、ボロボロのコンクリート製石炭運搬船を難民の保護施設に改築されたアジール・フロッタン号。

 

近代建築の巨匠が手がけた知られざる作品は、安全面の理由から現在は使用禁止となっていますが、今なおパリのセーヌ川に浮かび続けています。

 

この修復プロジェクトにどうか皆様、お力添えをよろしくお願いいたします。

 

https://twitter.com/asileflottantJP/status/886767909602590721 より

 

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