プロジェクト概要

 

バスケットボール・スポーツの枠を超えて、

被災地に元気と笑顔を与えるプロジェクト。

 

1月18日、東京渋谷センター街「バスケットボールストリート」を出発し、東京〜仙台370キロを12日間でドリブル横断します。ドリブルをしながら道中で、被災地への応援メッセージを集めます。頂いた応援メッセージは、FacebookTwitterブログにアップします。

 

1月29日の仙台市体育館で行われる、「仙台89ERS対千葉ジェッツ」の試合にドリブルしたボールを試合球として届けるとともに、アップされた写真を、試合当日に仙台市体育館のアリーナコンコースでファンの方々に公開することを通して集めた被災地へのメッセージを届けます。

 

そして皆様からの支援によって、宮城県内の中学校バスケットボール部(100チーム)にバスケットボールを寄付します。

 

 

 

初めまして、森岡浩志と申します。

僕は10歳からバスケットボールを始め、17年間バスケを生きがいとしてきました。

子供の頃から、アメリカNBAのプロバスケットボール選手になるという夢がありましたが、自らの実力を認識した時、バスケットボールに携わる仕事に就きたいと思うようになりました。
日本のバスケットボール界をさらに盛り上げるために、スポーツビジネス先進国のアメリカに単身渡りました。昨シーズン、夢であったNBA・オクラホマシティ・サンダーで勤務する事が出来、現場で生のスポーツビジネスを学びました。

 

そんな矢先の、

2011年3月11日に日本を大きく変える震災が起こりました。

 

3.11の直後に、勤めていたチームの試合中にインタビューを受けました。

記者から「あなたの実家や友人は地震が発生した地域に近いんですよね?」と聞かれ、答えるのにとても悔しく、悲しかった。

オクラホマシティのローカル局からもTVのインタビューを受けましたが、正直答える気になれませんでした。
何かできないか、何かしたい!そんな思いでいっぱいでした。

それ以降、自分なりに何らかの支援活動を行なってきたつもりでしたが、只々、無力感を感じるのみでした。帰国後もずっともどかしさが残っていました。

 

(チームメイト、仕事仲間から多くの励ましの言葉をもらいました)

 

どのようにしたら被災地の方に貢献できるのか、ずっと悩んでいた時に、大学生の時に行った「京都〜岡山200キロ」6日間のドルブル横断を思い出しました。

そこで僕は、多くの方々からの勇気・元気を頂き、さらにはメディアにも多数取り上げて頂くことが出来ました。

その後に行った「京都〜東京500キロ」13日間のドリブル横断でも、多くの方々と元気・笑顔を共有する事が出来ました。

 

ドリブル横断を行う中で、こんなことがありました。

一人のおばあちゃんと出会い、その方の若くして亡くなった息子さん(当時私と同年齢ほど)がバスケットボールが大好きで、それがきっかけで、声を掛けてくれました。

家にまで呼んで頂きお茶やお菓子を頂きました。おばちゃんは泣いて喜んでくれました。

 

 

僕に元気を与えてくれたバスケットボール。自分が元気を出し、それを多くの方々と共有できるバスケットボール。過去の経験を、今活かさないで、いつ活かすのか。

そう思い立った瞬間、想像を駆け巡らし、今回のプロジェクトを実行することにしました。

 

元気には元気が集まる、笑顔には笑顔が集まる。

 

東北・仙台の方々に笑顔を届けたい、共有したい。

 

感謝の意を込めて僕は、一歩一歩ドリブルをついて行きます。

 

 

■引換券

宮城仙台限定 仙台89ERS オリジナル「元気玉」バスケットボール 7号球 / 3号球

集められた元気を共有したい!仙台89ERS限定の「元気玉」


最新の新着情報