5年前の出来事:同じ病室だった96歳になる梅さんとの出逢い

 

 

 

9月2日
FabLabKamakuraの主な収益源としてのプロジェクトは、レーザーカッターの特性を活かした事業になっている。レーザーカッターが使用できなければどうしようもないので、計画中の3つのプロジェクト担当の方々に、すぐさま事情を伝えた。本当にワクワクするような企画ばかりだったので、そこでも現実を受け入れるのに時間がかかった。


「状況が変わったら連絡して、いつでも待ってる」


ありがたさと、申し訳なさが交錯する。


この感じ、随分前に味わったような気がする。突然何かを根こそぎ奪われるような、心が痛くなるような感じ。昔の記憶が、フラッシュバックしていた。今から5年前、心から尊敬する大学時代の恩師のデザイナーの方の元でどうしても働きたいと願い、何度も手紙を書き、ポートフォリオを送り、たまたま開いた席があり恩師のデザイン事務所に入所する事ができた。慌ただしく過ごす日々の中でも、尊敬する人の背中を見れるだけで幸せだった。ある日、気がつくと病院の天井をボーと眺めていた。「私は、どこにいるんだろうか」どうやら交通事故に遭ったらしい。左足のふくらはぎがグシャグシャになり、全身がどうしようもなく痛かった。とてもすぐに退院できる状態ではなかった。少人数でやっている事務所で、1名の欠員は大きな打撃になることを肌で知っていた。決心しないといけない。何度何度もためらいながら、病院から事務所に電話をかけた。


「申し訳ありません。すぐに私の変わりを入れて下さい」


師匠に、それだけ伝えるので精一杯だった。



その後、椎間板ヘルニアに見舞われ長期リハビリを余儀なくされ、どん底の私を支えてくれた家族や友達、そして何もできない状態でも声をかけ続けてくれた方々。リハビリしている間、普通に生活していたら気がつかない大切な事を本当にたくさん教えてもらった。寝返りができるようになって、少しずつ動けることの喜びを知って、歩けることの喜びを知って、普通にくしゃみができることを知って、痛くない日常のありがたさを知って、電車に乗れる喜びを知って、気がつくと導かれるようにFabLabの活動に関わっていた。長時間のフライトなんて鎮痛剤なしでは考えられなかったのに、そういえばニュージーランドにも行けた。世界中の人と交流ができた。


今、私は動けるし、走れるし、重いものも持てる。そして、FabLabKamakuraが存在してくれる。何を悩むことがあるのだろうか。十分落ち込んだので、二晩くらい経つとすっかり気分は次のことを考えていた。どうにか〆切が迫っている大事な大事なプロジェクトを完成させないといけない。



FabLabTsukubaのFabマスターに連絡を入れていた。



「ファブラボ鎌倉の渡辺です。大事なお願いがあるのですが...」

新着情報一覧へ