(「活動の動機と恩師について/上」の続きです)

 

先生のゼミでは、アーレントの「人間の条件」とか、JSミルの「服従の心理」とか、オルテガの「大衆の反逆」などの大量の哲学・社会科学系の本を、先生が抜粋して分厚いテキストにしたものをひたすら読み込み、生徒の質問に対して先生がひたすら語るという、今思えば大学のゼミみたいなことをやってました。
そして、先生はしょっちゅう、現代の教育・学校批判をしていました(校内なのに)。
もちろん、そんな先生の活動は学校非公認で、他の先生には困った人扱いされ、ほとんどの生徒にスルーされていましたが、私含めごく少数の生徒がそこに通い詰めていました。

 

そのゼミで、私は、生まれて初めて、学校で勉強していた内容の「意味」に気が付きました。
単なるテストの材料、あるいはエンタメじゃなかったんだ、ということに…。

 

歴史上の全てのことが、世界中の全てのことが、自分とつながっていること。
私は世界の、日本の、この地域の、この社会の中で、作られてきて、生かされてきたこと。
そして、その意味を知った上で、これからどう生きるのかを自分で考えるのだということ。

 

それまでの私は、そういうことが本当に分かっていなくて、からっぽで、世界と断絶していました。
真面目に勉強して、中学で推薦取って進学校に行って、私なりに努力して上位の成績をキープしてきたというのに!
それがすごい衝撃で、

「今まで学校で勉強してきたことは何だったんだろう!?」

と強く思いました。
そしてそのショックは、

「進学校でこんな(自分のような)人間を育てているなんて、日本の教育はヤバイんじゃないか!?」

という、自己批判を伴う痛切な問題意識につながりました。

 

先生の話に戻ると……
先生に教わったことで、もっとも印象に残っているのは二つです。
一つは、「自分が生きている意味を、2時間は語れるようになれ」
もう一つは、「本当の教育とは、『魂』の教育なんだ」

 

「自分が生きている意味を、2時間は語れるようになれ」
先生にそう言われた当時、私は2時間どころか、一言も言葉が出ませんでした。
それまで、『生きている意味を考える』という発想すらなかったからです。
別の場面だったと思いますが、別な言い方で、
「寝る前に、毎晩、自分のシャッターを閉めて店じまいしろ。
そして、その中に何が残っているのかを見つめる習慣をつけろ」

と言われたこともあります。
「死ぬ時もそれが起こるんだから」と……。
ちなみに当時は、「今のお前は、何もなくて『閉めないで~』って泣くだけだろうな!」と鼻で笑われました。
高校生相手に容赦のない先生でしたが、今思えば、子ども扱いせず、一人の人間として教育しようとしてくれていたと思います。

 

もう一つは、「本当の教育とは、『魂』の教育なんだ」
これは、学校じゃなくて、ゼミの合宿帰りの薄暗い喫茶店かどこかで言われて、妙に迫力があったのを覚えています。
教育とは、知識や技術の伝達ではない。
何を教わるかではなく、誰に教わるかなんだ。
本当の教育は、人が人に直接向き合って、直接語りかけてするんだ。
教え方のスキルや、IT技術の進歩だけでは、この『魂』の教育はできないんだ。

そんなことを言っていたと思います。
まさに、この言葉を聞いた瞬間に、私の『魂』の教育が成立したと感じています。


そこから、私が何を考え、今何をするに至ったかは、READYFOR本文に書いた通りです。


ちなみに、今も先生は現役で(もうすぐ退職だそうですが)、実家に帰ると会いに行って色々話をしています。先の年末も会ってきました。
(特に大学生の頃は、かなり頻繁に会っては、自分の悩みをぶつけていました)

その後、大学へ行き社会人になって私もどんどん成長していきましたが、根本的な考え方のベースに、先生の世界観や教育論が大きく影響していることは言うまでもありません。


先生の名言や面白いエピソードは他にもたくさんあるので、
いつか機会があれば語りたいなあと思っています。

 

P.S. 先生は一冊だけ本を出しています。参考書のフリをしていますが、哲学入門書です。

10年前くらいに出した本ですが、絶版にならずに売れ続けており、アマゾンでの評価も高いようなので、興味のある方はぜひどうぞ。

⇒ 小論文を学ぶ―知の構築のために

 

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