ガーナで炭窯2基作るも失敗、職人の指導で真の窯を造りたい

もうずいぶん昔のことになりますが、明治30年代の尋常小学校の国語の教科書の復刻版に目を通したことがあります。その中に「箱庭」と題した作文見本のページがありました。

「これが　わたしの箱庭です。川には橋がかけてあります。山には木が植えてあります。」と、短い文章に添えて風景を区切ったような箱庭の絵の記憶もあります。

何十年もこのページを覚えているのは、簡潔な文章の魅力があるに違いないのですが、川に橋、山に植林という、至極当たり前で自然な叙述の健康さに感銘を受けたのだと思います。

30年代は、維新政府がようやく小学校義務教育を全土に普及した時期でもありました。1894年の日清戦争と1902年の日露戦争のはざまでもあります。維新開国の劣悪な国際政治環境を臥薪嘗胆にこらえ忍んできた維新政府が、ようやくに欧米列強を坂の上の視野に捉えた時代です。欧米諸国との不平等条約改正も進捗し、坂の上の雲を見晴るかす若い国家の簡潔でのびやかな意志は教科書にも反映しています。

川に橋を架けることは、日常の用です。暮らしの便利であります。しかし、山に木を植えることは、生活の便利のためではありません。何十年も先の用材であり、いつなんどき襲い来るかもしれない台風大雨の治水の用も果たします。木の用は日常の時間を超えているのです。この二つを並列するところに、明治新政府の自信と強靭な歴史意識を私は感じていたにちがいありません。

人間の寿命を超える木の生命は、人びとの暮らしのなかに豊かな時間をたくわえます。たとえば庭に1本の柿の木があれば、その場所で家族は年々の秋の味覚を楽しみます。柿の木はある意味では時間の共有を意味します。家族を結びつける共有経験でもあります。

またこういうこともあります。いまは途絶えているようですが、農村には女の子が生まれると屋敷周りに桐の木を植える習わしがありました。婚礼の嫁入り箪笥の材のために植えられる桐の木は、娘の健やかな成長を願う気持ちを年々確かめる目印の木でもあったのです。

いま、私たちはどんな木とともに生きているでしょうか？　コンクリートの大河の岸辺に柿の木もなく、誰も植えなかった桐の木の時間の中を、どのように私たちは生きているのでしょうか？　

かつてそこにあった木は、いまはどこにも自生していません。すべての樹木は切られ、遠い公園の頂に植え替えられています。木の花を歌うためには、木を植えなければならない。植えなければ、失った記憶は蘇らないし、まして歌うことはますますできなくなっているのです。