プロジェクト概要

 

『紙芝居師なっちゃんの「紙芝居で皆と笑顔を」プロジェクト』

 

 

はじめまして、中谷奈津子と申します。

私はこれまに福島・岩手・宮城・茨城にある各避難所、仮設住宅の集会場や、復興イベントで「紙芝居で笑顔と元気を共有する」ために紙芝居を続けてまいりました。現在まで25回くらい被災地に足を運んでいます。紙芝居は子どもたちにとっては物語の世界に行ける身近なエンターテイメント。親御さんにとっては、子どもたちの無垢な笑顔に癒されるもの。そして、おじいちゃんおばあちゃんは、子どもの頃に観た“懐かしい空間”。世代を超えた、日本独自の紙芝居という身近な舞台・身近なお芝居で、被災地に笑顔と元気を届けたいと思っています。

 

 

 

皆様へのお願いとプロジェクトの目的

震災から1年、私は何年かかっても、被災地を紙芝居片手に廻り、紙芝居を通して、皆さんに元気と笑顔の時間を増やせるようにこれからも、現地の皆様、被災された皆様に心で寄り添っていきたい。しかし、何せ個人でずっと活動をしているので、資金が尽きてきました。

そこで、1周忌を迎え、これからの『紙芝居復興支援活動』を皆様からのご支援を頂くことで、被災地に足を運び「現地の人たちと心を寄せ合い、元気と笑顔を一緒に取り戻す」ための紙芝居活動を続けていけたらと思っております。

ご協力どうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

 

今年の春は、震災を乗り越えた桜が被災地を希望の薄ピンクに染めてくれます。

 

 (桜の写真は、2011年4月23日に女川町で撮ったものです。瓦礫が取り除かれていた学校の校庭に咲く、満開の桜)

 

去年の春私は、津波にのみこまれた壊滅的被害を受けた土地で瓦礫の中を必死に咲いていた満開のソメイヨシノを見つけました。
私は、4月下旬に女川町に紙芝居しに行った時に、瓦礫に埋もれた中、命を振り絞って咲き誇る満開の桜を見て、自分の意志とは関係なく涙があふれて止まりませんでした。
あの逞しい桜はきっと、今年も咲くでしょう。被災地ではそんな桜の木が沢山あります。

 

その時の女川町での出来事は今思い返しても胸が痛みます。

女川町の総合体育館でのボランティア。総合体育館と言えど小さな体育館の中に1000人近くが非難されていました。ものすごい悲壮感に満ちた空間、まだ底冷えする寒さの中で必死で紙芝居をやりました。笑ってくれる子供たちにほっとしながら、実はすごく複雑で切なかったのを覚えています。

私が、紙芝居をしたその側では、ご家族が亡くなった知らせに涙を流すおとうさんおかあさんがいっぱいいました。嗚咽しているおかあさんの声を聴きながら、目の前の子供たちの笑顔を願って紙芝居することしか私にはできませんでした。

あんなに苦しくて切なくてやるせない紙芝居は、もうあってほしくない。

あの時、「私の紙芝居支援は、簡単に終わりには絶対しない、悲しみが少しでも拭えるなら紙芝居持って避難所に出向く」と決めました。人を楽しませるのがエンタメ人間である私の仕事。めいっぱい「仕事」してやる。

 

 

 

今後は、私の復興支援活動をダイジェストで紙芝居にしたものや、

江戸時代に実際にあった防災の昔話「稲むらの火」
(村人を高台に集めて村を襲った大地震から村人たちを救った庄屋さんのお話です)
を全国で語り継ぐ『復興支援紙芝居』の講演会も行います。

 

 

皆様と共に『紙芝居師なっちゃんの「紙芝居で皆と笑顔を」プロジェクト』を続けていきたいと思っております。皆様のご協力、何卒宜しくお願い申し上げます。

 

「紙芝居師なっちゃん」Blog :http://ameblo.jp/naka725/

 

■引換券

オリジナルポストカード

オリジナルのイラスト紙芝居をポストカードにしたものです。10枚がひとつの物語のようになっております。

 

 

紙芝居師なっちゃんの公演にご招待

【日程】6月中旬
【場所】首都圏

【内容】一時間弱の紙芝居師なっちゃんのオリジナル紙芝居を含めた数話の紙芝居単独公演を行います。

 

紙芝居師なっちゃん作の直筆の紙芝居

私の思いの丈がすべて詰まった直筆の紙芝居を皆様にお送りいたします。


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