★プロジェクト成立まで、あと【58日】・現在目標の【15%】達成★

 

スクールに通う日本語クラスの生徒達。これから学校に通ったり、高校進学を目指したり。

 

 

こんにちは。

プロジェクト実行者の田中です。

 

昨日もお伝えしましたが、文部科学省が開催してきた「学校における外国人児童生徒等に対する教育支援に関する有識者会議」の報告書がまとめられました。その中で、外国にルーツを持つ子ども達の公立学校内での教育のあり方が議論され、「拠点校方式」という広域対応が進められることに。

 

それ以外にも、高校進学・進学後についても言及があり、入試特別枠設置の推進や進学後の日本語教育への検討などが含まれているようです。

とにもかくにも、一歩ずつ前へ、ですね!

 

さて、これで学校の中での支援体制整備へ歩みを進めて行く事になるのですが、現場で、日本語がわからない子ども達と向き合っている先生方のご様子をうかがっていると、やはり大変そうだな、という印象が一番強くなってしまいます。

 

この「大変さ」は自治体がどう対応しているか、どのような施策を持っているかでだいぶ違うと思うのですが、少なくとも、私達が活動している地域周辺では、学校の先生方は「大変」で、うちの多文化コーディネーターも、こうした学校の先生方が、少しでも外国にルーツを持つ子ども達の支援をしやすいようにと、あちこちに奔走しています。

 

 

「制度がある」=十分な対応ができる、わけではない現実・・・

 

もちろん公的制度なので全ての子どもたちに、100%全方位の支援ができるということはほぼないのですが、自治体の支援のあり方によっては、学校の先生も、子どもも、どちらも大変ということになってしまうケースも。

 

当スクールでは、2010年度に運営を開始して以来、複数の自治体の学校と、日本語がわからない生徒が転入してきた際、直後から当スクールで短期間の「初期指導」を集中的に行い、日本語の力をある程度高めてから徐々に学校への通学日数・時間数を増やすという形式で、段階的な連携を行ってきました。

 

また、学校の先生とは当スクールでの学習の記録を共有したり、定期的に打ち合わせをするなど、情報共有を行うことでスムーズな学校生活への移行を支えてきました。

 

現在でも、この形式で連携を続けている学校がある一方で、ある地域では学校内に支援体制を整備したことで、「外部」である当スクールでの支援プログラムを生徒が活用できないというケースもありました。

 

「学校内に支援があるのだから、通学すべき平日の日中に生徒が外部の支援をうけることはおかしい」

 

というのが理由で、確かにそれはその通りです。

ただ、この学校内支援制度では、1週間あたりに支援を受けることができる上限時間数が決まっており、それが週10時間にも満たないため、「それ以外の時間」をどうにかしなくてはならない、という課題が残りました。

 

授業に使われる日本語も高度で、内容も難しい小学校高学年や中学校では、クラス内で授業が進行している中で、教室に座っている日本語がわからない児童生徒を同時に支えることは困難です。

(体育や音楽、図工、英語圏の生徒によっては英語、など、日本語があまりわからなくても楽しく参加できる授業もありますが)

 

結果として、自治体が用意した支援を受ける以外の時間は、ほとんど「放置」に近い状況にならざるを得ません。

 

そして、こうした状況は、授業を担当する学校の先生方にとっても「気がかり」となり、なんとかしてあげたい!と先生が気持ちを寄せてくださるほどに、通常の授業とは別に、クラスで過ごすその子のための準備をしなくてはんらず、負担が大きくなってしまうな、と思っています。

 

 

教員免許があればいい・・・?学校内の「日本語の先生」

 

学校内で行われる支援は、原則として学校の先生が担当をすることが大半です。中には「補助的に」地域ボランティアや有償サポーターなどが携わることもありますが、原則としては教員免許を持つ先生が主体となっています。

 

時には、「手があいている」という理由で、数学や理科、保健体育などを専門とされる先生が、日本語の支援を任されることがあります。学校の先生は、「子どもを教育する」ことのプロフェッショナルなので、専門外であっても、試行錯誤をしながらも、なんとか外国にルーツを持つ子どもを支えようと懸命にがんばっておられ、中にはうちの教室に見学にいらして、教材や指導方法についてのアドバイスを受けたり、電話で何度もご連絡いただく先生もおられますし、講座を開けば、熱心に参加してくださる先生もおられます。

 

外国語としての日本語教育は、国語教育とはぜんぜん違う形で進みます

 

けれどやはり、「私、本当は専門は理系科目なんです」と苦笑いでおっしゃる先生の姿を見たりすると、どこかに「本当は日本語教育は・・・」というお気持ちがかいま見えることもあります。

 

そんな時には、ただただ、先生が少しでも前向きな気持ちで日本語を母語としない子ども達と向き合うことができるように支えたい、という気持ちになります。

 

たとえば数学を専門とする先生が、そのパフォーマンスを最大限に発揮できるのはやはり数学を教えるときでしょうし、専門外の職務を担わなくてはならない心理的なご負担も考えると、「教員免許を持っているなら誰でもいい」というのは、いくら研修を重ねても違うのではないかと思うことも。

 

 

学校の先生には、学校の先生にしかできないことを

 


日本語を母語としない子どもの支援を「学校の先生」が行う場合、その先生の専門領域と結びつけ、教科学習をベースとした支援を、やさしい日本語を使って指導し、その「やさしい日本語」を、子どもが理解できるまでの間(集中的に学べば200~300時間程度)は、日本語教育を専門とする人材が担うというのが良いのではないか、と現場で見ている限りは思っています。

(小学校低学年~10才くらいまでのお子さんのケースは、また別の形の方が良い場合も多いのですが)

 

日本語教育に特化した人材が学校の先生と連携することで、学校の先生が教科の指導をする際にも、日本語教育の知見からアドバイスを得て進められたり、逆に教科指導に必要な表現や語彙に配慮しながら日本語教育を進められたりなど、よいシナジーが生まれる環境になりますし。


なによりも、先生が専門外である日本語教育を担当することに、負担感や心理的な抵抗感を感じながら子どもと向き合うことは、先生にも子どもにとっても良い状況ではなく、今後、公的な施策が検討されていく段階で、ぜひ外部専門家との連携など、柔軟に対応可能な枠組みとなってくれたら、と思っています。

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