ボクは、今年の8月で50歳を迎える。

振り返ってみると早かったような短かったような・・・。

 

生まれつき脳性麻痺だったボクは、幼いときから、障害を治そうとされて施設入所をしたり、地元の小学校への入学を拒否されたり、人と違う「障害者」としての人生を歩んできた。

 

そして、自分も親から「がんばれば障害が治る」的なことを言われてきたので、自分なりにもがんばりすぎていたような気がしている。

 

でも、治るわけもなく、健常者にもなれるわけがないと思春期になるあたりから、うっすらと気づきはじめていた。何の確信もないまま・・・。


そして、大人になり、自立生活運動や生活相談などの仕事をする中で、多種多様な生きづらさに出会っていく中で、この生きづらさってどこから湧いてくるのかと考えるようになっていった。

 

このことを書き出すと、1冊の本になりそうだからやめておくが、その背景には、無知、無理解、偏見、排除、差別などが見え隠れしてくる。

それは、当事者の中にもあるように感じる。


バリバラの衣装は、もちろん衣装であるが、2つだけ自前のものがある。

1つは、下着。そして、もう一つは、サンダルである。

 

もちろん毎日、履いているもので、寒くてもほぼ裸足でいる。

特に冬場に出会う人は、寒くないですかと尋ねてくるが、寒かったら靴履くやろ(^_^)と返している。

 

ボクの障害の特徴は、身体に熱がこもると筋緊張が高まるので、しんどくなる。だから、それを防ぐために大学時代から裸足の生活を送っている。

 

そう、子どもの時は、そんなことは教えてくれない。

一番楽なスタイルは、自分で考えるしかないのである。

もちろん、裸足の生活は、楽のもので、ボクのスペックは、かなり発揮できていると思う(^_^)


だから、自分が生きやすいスタイルを自分で理解し、人に分かってもらうことで、少し生きやすくなるようになっていくのではないだろうか。
「私はハダシ」「私はワタシ」ステキですね。

 

玉木幸則  (たまき ゆきのり)

《経歴》

1968年兵庫県姫路市に仮死状態で生まれる。4歳そこそこで肢体不自由児療育施設に入所、障害者としての洗礼を浴びる。小中学校は、地元の普通学級で学ぶも、高等学校だけ泣く泣く養護学校へ。1991年日本福祉大学社会福祉学部第Ⅱ部卒業後、知的障害者通所授産施設に勤務するが1年で退職。1992年自立生活センター・メインストリーム協会事務局次長に就任以後、障害者の自立生活運動にのめりこむ

2009年4月~2012年3月まで NHK Eテレ「きらっといきる」パーソナリティを務める

2012年9月末でメインストリーム協会を退職。

2013年4月~2017年3月まで 社会福祉法人 西宮市社会福祉協議会 障害者総合相談支援センターにしのみや センター長を務める。

 

【現在】

社会福祉法人 西宮市社会福祉協議会 相談支援事業課 相談総務係 係長

特定非営利活動法人日本相談支援専門員協会 顧問

一般社団法人兵庫県相談支援ネットワーク 代表理事

内閣府 障害者政策委員会委員

厚生労働省

相談支援従事者指導者研修に関わる検討委員会委員

兵庫県障害福祉審議会委員および兵庫県障害者差別解消推進地域協議会委員

および兵庫県障害者自立支援連絡協議会委員 同協議会相談支援部会  部会長

 

兵庫県合理的配慮アドバイザー

兵庫県リハビリテーション協議会 理事

特定非営利活動法人PASネット 理事   等

NHK Eテレ  毎週日曜日19:00~19:29

みんなのためのバリアフリー・バラエティ「バリバラ」にレギュラー出演中

 

【書籍等】

「生まれてきてよかった ~てんでバリバラ半生記~」 解放出版社 2012年10月

「月刊 地域リハビリテーション」2008年7月号~12月号  連載

   連載「ぼくの生きている風景」 三輪書店 

「権利擁護で暮らしを支える ~地域をつないだネットワーク~」

   PASネット編 共著 ミネルヴァ出版 2009年2月

「本人中心の相談支援とサービス等利用計画ハンドブック」

朝比奈ミカ 北野誠一 玉木幸則 編著 ミネルヴァ書房 2013年7月  等

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