私の畏友であった榎本てる子牧師が、今年の4月25日に天国に旅立った。

長い闘病生活から解放されて今はきっと私たちを見守っているだろう。

 

彼女は牧師として、長年HIV/エイズに対する取り組みを行い、優秀なエイズカウンセラーでもあった。

そして関西学院大学の良き教師として、たくさんの牧師を輩出した。

 

また彼女は京都にある「バザールカフェ」(http://www.bazaarcafe.org)の運営を通して、すべての人の「居場所づくり」に心を砕いて55年の生涯を駆け抜けた。たくさんの人の話に耳を傾け、頷き、励ました。

 

そして何よりも彼女の「得意技」は人と人を繋げることだった。

葬儀にはのべ1200人もの人が集まった。

葬儀の前には、京都の街に突然の激しい雨が降り、会場となった教会の上空には2本の虹が現れた。

 

だれが言ったか、その葬儀は「レインボー葬」となった。

参会者は思い思いの色の服を着て、本人もビデオメッセージで登場。

笑いあり、涙あり。

そして、隣り合わせた初対面の参会者同士が友達になった不思議な葬儀だった。

彼女が最後まで関心を持ち続けていたことは、“Blending Community(ブレンディング・コミュニティ)”。

これは東ちづるさんのいう「まぜこぜの社会」と同義語だ。

人と人とが出遇い、社会をエンパワーメントさせていく。

 

そして、てる子さんが最後まで希望していたことは、今年の関学レインボーウイークで「私はワタシ〜over the rainbow」をたくさんの人たちと観ることだった。

でもそれは叶わなかった。
神さまは時に私たちが理解できないことをなさる。

しかし、東ちづるさんはこの映画を携えて、関学に赴いてくれた。

一緒に関学に行ってくださった作品の出演者の一人、長谷川博史さんはてる子さんが慕ってやまない人だった。


多くの人たちがこの作品をまぶたに焼き付けた。そして心に感じた。

5月の東京レインボープライドで、私がちづるさんに再会した時、「てる子さんに一度会ってみたかった」と言ってくれた。

このたびヴァージョンアップされた「私はワタシ〜over the rainbow」を観た。やはりLGBTs当事者の生の声に勝るものはないと感じた。

そしてこの作品を一人でも多くの人に見て欲しいと自然にそう思った。

私は全国の高校・大学・教会を中心に年間数十回の講演をしている。

対象は若い世代だから、不正確な情報を教えてはならないし、誤解を生まないように細心の注意を払っているつもりだが、1日も早くこの「私はワタシ〜over the rainbow」が、こうした子どもたちからお年寄りまでに観てもらえるように強く、強く今願っている。

 

中村吉基(なかむら・よしき)
宗教とLGBTネットワーク 代表
日本キリスト教団牧師

【プロフィール】
1968年石川県生まれ。幼い頃から教会に通い、高校1年生の時に洗礼を受けてキリスト教徒になる。大学卒業後、郷里の金沢に戻り、高校教師に。上京後は農業系の新聞社で整理記者、キリスト教系の出版社で編集者として勤務。
1995年、観光で訪れたニューヨークでエイズ患者が教会から排除されている事実を知り、エイズ患者やLGBTに開かれた教会を設立することを決意。2000年、牧師になるために神学校に入学、2004年、神学校を卒業し、牧師になると同時に日本キリスト教団新宿コミュニティー教会を設立し、2018年まで牧師を務めた。2018年4月「宗教とLGBTネットワーク」を開設し、日本の宗教界での奉仕に当たる。また文芸編集者としても通信社に勤務し、そのほかには全国の高校・大学、団体での研修講師、また牧師として各教会での礼拝説教、LGBTの結婚式・葬儀の司式、当事者のカウンセリングなどの活動を続けている。
【中村吉基オフィシャルサイト】https://www.yockey-nakamura.com