3回目の投稿です。

自宅の桜が満開の北海道釧路からです。明日はところにより雪模様のようです。まだまだ寒い日も続く北海道ですが、気持ちだけは熱くいきたいと日々思っています。

 

今日の投稿についてですが、前回は中学校までの病弱だった過去について書きましたので高校以降の病気の様子と絵への関わりを書いて参ります。

 

鶴の親子と釧路湿原

 

病弱だった私も小学校高学年から野球部に入部し、中学を経て高校生となりました。

 

高校は地元の進学校で野球部も甲子園を常に狙える位置にいた強豪校に入学しました。絵への夢は勿論持っていましたが、この当時はプロ野球選手になりたいと言う想いの方が強い時期でした。

 

病気も無く、比較的元気に過ごすことのできた高校1年間を過ごし2年生となりました。

 

3年間とも強かった母校の野球部でしたが、中でも私が2年生の時が特に強く「甲子園確実」と言われていました。私としましては、夢の甲子園、そしてプロが少しでも近付いたような気持になり勉強にも野球にも力が入りました。

 

しかし、甘い時間は長くは続きませんでした…

 

2001年5月。春の地区大会を優勝して代表校として札幌へ行くことになりました。その年は季節外れの暑さが続いた年で、10℃前後の釧路とは打って変わって札幌は5月で30℃に達する気温が続きました。

 

札幌に到着して最初の夕食。おかわりをした直後に今考えますと初めてとなるパニック障害の発作が襲ってきました。強い吐き気と恐怖感や目眩に襲われ、トイレに駆け込み食べたものを吐こうとするのですが吐くことができません。(汚い話しですみません)

 

最初は「食べ過ぎかな?」と思ったのですが、翌朝になるとあまりの吐き気と恐怖感でご飯を一口も食べることができません。北海道大会まであと2日。炎天下の中で練習が続き、何も食べていないので体力はみるみる奪われていきます。

 

そして試合当日。球場へ向かうバスに乗り込んだ直後に強烈な発作が起き、ついに倒れてしまいました。

 

北海道大会

※写真は別の年の北海道大会に出場した後輩達です。

 

病院へ運ばれた私は薄れゆく意識の中、様々な検査をしたのですがその時点ではパニック障害とは診断されずに「極度の脱水症状と栄養失調状態」と診断されました。

 

大会が終了したのち釧路へ戻り、普段の学校生活が始まったのですが…

 

事あるごとに小さなパニック発作に襲われるようになりました。この時点では心療内科にも受診していませんでしたし、一体自分の身体に何が起きているのか一切分からない状態で不安のどん底にいる毎日でした。

 

この頃になると、発作への恐怖と普通の日常が送れなくなってきていること、更には幼少時代に何度も生死の境をさまよった思い出が頭の中をよぎり、次第に「プロ野球はあくまで夢の中のできごとで、やっぱり病弱な自分はここまでの存在だったんだ」と自分自身を悲観するようになりました。

 

そのような事もあり、幼い頃からのもう一つの夢であった「絵のプロになりたい」と言う想いが少しずつ心の奥底で芽を出し始めていました。

 

 

そのモヤモヤした想いを美術の教師に素直にぶつけました。そうすると「野球の空いている時間で良いから私のところに来なさい。松本君は美術部では無いけど特別に基礎を教えてあげるよ」と言ってくださったのです。

 

実はその先生。末期ガンで余命1年だったのです。普段は美術教室から職員室へ戻る体力も無く、休み時間は美術準備室で横になりながら死の直前まで生徒たちへ美術を教えてくださっていた方でした。

 

文字通りの「命がけ」でした。

 

その先生の熱意に感動した私は「野球の夢は仮にダメになったとしても、絶対にプロの絵描きになってこの先生のように命がけで絵に携わっていこう」と思うようになりました。

 

それからは度重なる発作に襲われながらも、野球部の活動も真剣に続けながらも、毎日深夜まで絵のデッサンを練習して空いた休み時間で美術の先生に指導を受けると言う日々が続きました。先生は美術部では無い私のために本当に初歩的な部分から命をかけて丁寧に情熱を込めて教えてくださいました。

 

 

再び張りのある生活とはなったものの、発作は止むこと無く、看護師だった母の助言もあり人生初めての心療内科を受診することになりました。

 

本日は文章が長くなってしまいましたので、ここまでにさせて戴きます。次回は初診察から進学への経緯について書いていきたいと思います。

 

 

釧路湿原の4月

 

このような過去があり、文字通りの「命がけ」でここまで絵を描き続けてきました。

 

20歳でプロとしての活動を始め来年で15年。一つの大きな節目としまして皆様からご支援を戴き、画家人生初の画集を出版したいとプロジェクトを開始しました。

 

私には資金が不足しております。どうかお力を貸してください。

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