皆さま、おはようございます。

ルワンダは朝の9時になりました。

今日は雨がぱらついて、いまひとつのお天気。

 

さて今日は、2年くらい前のお話。
左手の手のひらから先を切断している女性がやってきました。
名前はクリスティーン。30歳になったくらいの年齢です。

 

〔クリスティーンと一緒に〕


彼女は義手がほしくてやってきました。
彼女の手の症状を見ながら、なぜそうなったのかを聞きます。

 

1994年のルワンダ大虐殺のときの出来事。
その頃彼女はまだ10歳になったかならないかという年でした。
背中に妹をおんぶしながら、全速力で走っています。
後ろからは鉈を持った民兵が追いかけてきます。
でも幼い彼女はすぐに追いつかれてしまいます。そして記憶を失いました。
気がついたとき彼女の右手、耳、そして顔からは血が流れていました。
そう、民兵に切りつけられ、一生背負う傷を受けたのです。

 

〔出来上がった義手をあれこれ眺める。〕


そんな彼女、10代・20代と年頃の時期を経て、もう30歳になりました。
でもいつも彼女は自分の失った手や傷ついた顔に劣等感を持っていたのです。

 

そして私たちの義肢製作所の門をたたきました。
「義手を作ってください」
人と目を合わせることなく、下を向いたまま彼女はそう言いました。


それからしばらく経ち、彼女の義手が出来上がりました。
そばには義肢装具士がいて、彼女に義手のはめ方を教えています。
恐る恐るはめてみるクリスティーン。
義手をはめた自分の手を、ひっくり返したり、遠くにかざしてみたり、一本一本の指を眺め終わると、顔を上げて…。
にっこり笑ってくれました。
初めて見た彼女の笑顔でした。

 

〔そしてにっこり。〕


義肢装具士は義手の手入れの仕方を教えています。
だんだんとこんな冗談も出てきました。
「この義手はとても良くできていて、爪が伸びてくるから、きちんと切ってあげて下さいね。」
そこにいるみんなが笑いました。

 

〔爪切り指導中〕


じっとその手を見ながらクリスティーンはたずねました。
「この爪にマニキュアを塗ってもいいの?」
ああ、その言葉を聞いたとき、私は泣きそうになりました。
きっとずっと、ずっとそんなおしゃれがしたかったんだろうなぁと思ったら、同じ女性として泣けてきたのです。
そしてそれと同時に、おしゃれをするということをすっかり忘れてルワンダで走り回っている自分を恥じました。

 

しばらくするとガテラ(一緒に活動を進めている私の夫)が帰ってきました。
そこへ走りよるクリスティーン。義手をはめた手を見せています。
父親のような目で眺めるガテラ。
「私もこういう義手を作る仕事をしてみたい」と話しています。
「自分でその気になったら、いつでも来い。

ただし中途半端な気持ちでは絶対来るな」

ガテラは厳しくそう言います。

 

〔見て!私の義手。〕

 

それから数ヶ月経って、彼女は私たちの運営しているレストランで倉庫係として働き始めました。
話はとんとん拍子に進むものです。
一生を共にしたい男性と出会い、結婚。
今はレストランの仕事も辞め、幸せに暮らしているようです。


またどこかでバッタリ出会えることを期待しつつ、今日もルワンダで走り回っている私です。

 

今度ははおしゃれをして、一緒にどこかへ行こうか?

 

 

 

 

 

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