プロジェクト概要

アフリカのブルンジでは今、ニュースにならない悲劇が起きています。

紛争から逃れた難民250人に巡回診療を行い、義足を届けたい!

 

皆様のご協力で目標金額のネクストゴールも達成し、200人への巡回診療と義足・杖を届けることが確定しました。本当にありがとうございました。次の目標は500万円、250人分の義足製作です。実はルワンダの真下にあるブルンジという国が、今、問題に直面しています。5月にクーデター未遂が起こり国は混乱。1993年から2006年までで既に30万人が殺害されています。

 

毎日のように人の命が奪われ、道端に死体が転がっている光景も珍しくありません。ルワンダ大虐殺は一度に100万人以上の命が奪われたため世界中が注目しましたが、ブルンジの場合は何度かに分けて殺害されているため、メディアに取り上げられず世界にほとんど知られていません。ブルンジで紛争に巻き込まれて障害を負った方が難民としてルワンダに逃れている現状があります。

 

事態は悪化し「第2のルワンダ大虐殺」になりうると言われているブルンジ。難民としてルワンダに逃れた障害者にも義足を届けるため、引き続きご協力をお願いいたします。

 

(2015年11月12日追記。ネクストゴールを設けました)

 

 

ルワンダ大虐殺から20年。いまだに80万人が障害を抱えています。
足を失った100人に巡回診療を行い、義足と杖を届けたい!


はじめまして。ルダシングワ真美です。1997年にルワンダの首都キガリ市に義肢製作所を立ち上げ、手足に障害を負った人の義足・装具・杖・車いすを製作・無償配布しています。活動を始めて18年。今までに約8000人を支援してきました。その半数がルワンダ大虐殺の被害者です。

紛争は終息を迎えました。しかし、手足を失った障害者は国から保障を受けられず、不自由な生活を強いられています。仕事や結婚すらできない現実があります。特に地方の障害者はわずかな交通費さえなく、義足を作るために首都まで来ることが出来ません。そこで今回、地方に住む障害者100人に巡回診療を行い、義足と杖を配布します。


義足を届けるための費用215万円が足りません。このプロジェクトが実現すれば100人が社会復帰できます。どうか応援をお願いします。

 

〔僕も義足を両足に履いて立ち上がったよ!〕

 

 
わずか3ヶ月で100万人の命を奪った ルワンダ大虐殺。
現在でも80万人が身体に障害を負ったままです。


ルワンダでは1959年から植民地政策による民族対立で大虐殺が起こっていました。1994年にはわずか3ヶ月の間で100万人もの人が殺害されました。同時に多くの人が地雷や紛争に巻き込まれ、体に障害を負ったのです。現在80万人もの人々が障害を抱えていると言われています。

 

〔巡回診療に群がる障害者たち。
義足を心待ちにしている人が多くいます〕

 

 

終息を迎えた民族対立。
しかし、失った手足を取り戻すことは出来ません。


今では民族対立が終わって平和を取り戻し、政府・国民が一丸となって確実に復興を遂げています。しかし、手足を失った人たちは再び自分の身体を取り戻せるわけではありません。

国からの保障もなく、不自由な生活を強いられています。仕事を失い、町で物乞いをしている姿もよく見かけられます。私たちはそんな障害を負った方々に義手や義足を届けることで、社会復帰を促しています。

 

〔装具や杖・車椅子もなく、手にサンダルを履き

地べたを這って移動。当然仕事をすることはできません。〕

 

 

 日本の技術を使えば、不自由なく動かせる義足を届けられます


ルワンダで元々作られていた義足はひざが曲がらないため、座ると義足を履いたほうの足が突っ張ったまま。バスに乗ることも出来ません。そこで私たちは日本の義肢製作の技術を活かし、健常者と同じようにひざが曲がる義足を作りました。そうすることで彼らの行動範囲を広げることができます。

 

〔ほら、見て。僕の足も曲がるんだよ。〕

 

活動を始めた当初、義足を作って渡せば、それだけで喜ばれるだろうと、簡単に考えていました。しかし、ある男性に薄い茶色に仕上げた義足を渡したとき「これは私の肌の色と違う」と受け取ることを拒まれました。

ただ「あげる」だけではダメなのだ、そんな当たり前のことを気づかせてくれた一言でした。また女性はスカートを履いてオシャレをしたいという希望も多いので、この仕上げの作業は手を抜けません。

 

〔両足の義足を作りました。ただ今、仮合わせ中〕

 

 

活動を始めたきっかけはルワンダ人の夫。
日本の義足づくりに可能性を感じ、5年間修行に励みました


私が活動を始めたきっかけは一人の障害を持つルワンダ人でした。1989年、初めて訪れたケニアで、ルワンダから紛争を逃れて難民として生活をしていた、今の夫と出会いました。彼は病気の治療ミスで、右足に障害があり、装具と杖を使っていました。
 
1991年、彼が来日したとき、装具が壊れてしまいます。新しい装具を作るために訪れた、横浜の義肢製作所。職人が義足を作るその様子を見ながら、私も夫も「この技術はルワンダで必ず役に立つ」と感じました。

そしてすぐに私は丸の内のOLを辞め、その義肢製作所に弟子入りさせてもらい、約5年間修行をし、義肢装具士の国家資格を取りました。夫との出会い、その夫が障害を持っていたということが、この活動の根っこになっています。

 

〔巡回診療に集まったたくさんの障害者たち〕

 

また私たちの義肢製作所には、4人の義肢装具士と2人の見習いがいます。そのうち3人は足に障害を負っています。彼らは義足をこの義肢製作所で作ったことがきっかけとなり、義肢装具士となりました。

 

〔ルワンダの義肢装具士から教えてもらうことも、たくさんあります。〕

 

 

「杖をつかずに歩けるようになったら妻と手を繋ぎたい」
義足を手に入れて一番に叶えたかった夢


ある日、義肢製作所に訪れたガクエバさん。彼は、足を一本失っているため、2本の杖をつきながら生活をしていました。そんな彼に「義足が手に入ったら、まず最初に何をしたい?」と質問をしてみます。

「そうだなぁ、わしは両手に杖を持っているから、一度もかみさんと手をつないで歩いたことがない。だから杖をつかないで歩けるようになったら、かみさんと手をつなぎたい。」

そんな誰もが求めるような、些細なことでした。そして義足を履いて立ち上がった日、歩く練習をそっと影から見守っていた奥さんの手を握って、一歩二歩と前に向かって歩いて行きました。

 

〔結婚をしたデオさん(左から二人目)。好きな女性がいたのに、
障害を持つコンプレックスから、告白ができなかった模様。
でも見てください。このうれしそうな顔。〕

 

私たちがこの活動をしていて、一番うれしいこと。それは義足を履いた障害者が、家族を増やすということです。そう、結婚をし、子供を育てるという、生きていくうえでとても大切な、そして普通のことです。

彼らの求めるものはとてもシンプルです。そんな些細な彼らの希望がかなえられるよう、これからも義足を作り続けたい。どうか、皆さまの心のこもった温かいご支援をお願いします。

 

〔一緒に働いているスタッフたちからも、よろしくお願いします!〕

 

私たちの「ムリンディ/ジャパン・ワンラブ・プロジェクト」の詳しい内容はhttp://www.onelove-project.info/をご覧ください。

 

資金の内訳:

目標は100人分の義足と杖の製作と配布。
義手・義足の材料費:1,500,000円(15,000円x100本)
杖の材料費:200,000円(2,000円x100組)
ガソリン代:350,000円(17,500円x20回)
その他巡回診療にかかる経費:100,000円
合計2,150,000円が必要です。

 

〔履いてもらうのを待っている義足たち〕

 

 

引換券について

以下のような引換券を準備しています!

■ ルワンダの義肢製作所にネームプレートを設置

 

■ HPでお名前や会社名を紹介

 

■ ルワンダで運営しているゲストハウス無料宿泊券

 

■ ルワンダにいらしてくださった際のガイド

 

■ ルダシングワ真美帰国時に行う活動報告会などへのご招待(ペア)

または支援者が企画してくださる報告会での講演

 

■ 活動の様子をまとめたDVD

 

■ 義足を受け取った障害者からのサンクスカード

 

■ サンクスレターを書いた障害者が義足をつけて立ち上がった写真

 

■ ルワンダ特産の香辛料

 

■ バナナの幹の皮を利用したバナナカードセット


■ 活動の様子を書いたニュースレターの発送


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