プロジェクト概要

幻の中国語グラフ雑誌を翻訳し、戦争中の日中の姿を現代に届けます。

 

ページをご覧いただきありがとうございます。東京本郷の古書店、文生書院です。この度は、日中戦争中に発行された幻の華字グラフ雑誌『大陸画刊』の復刻版を製作するプロジェクトを立ち上げました。復刻版製作を通して、この雑誌に描かれた当時の日本の考えや、中国・日本の民衆の姿を、現代の日本人に届けたいと思っています。

 

▶︎『大陸画刊』とは?

 

『大陸画刊』は第二次大戦中、日本の生活や文化を伝えるために大陸新報東京支社内大陸画刊社(朝日新聞別働隊)により出版された中国語グラフ(写真)雑誌です。出版期間は昭和15年11月から昭和20年6月まで。これは太平洋戦争の期間とほぼ一致します。


内容は、占領地の中国住民へ融和的に日本を伝えることがメインになっており、日中の政治的文化的友好を表すものになっています。

また、戦況や政治状況と同じぐらい、当時の日本・中国の行事や、婦人、子どもたちの姿を紹介する記事が多く取り上げられています。映画やスポーツ、漫画などの記事も毎号に掲載されています。

この『大陸画刊』では、日本が何を考えて戦争に向かい、何を理想としていたか、そして何が間違いであったのか、が表現されているとともに、日本・中国の民衆の姿が記事中に描き出されています。現代を生きる私たちが、当時の日本・中国の様子を知る手がかりになる貴重な資料なのです。

 

 

 

昭和17年1月から昭和18年12月までの全記事を日本語に翻訳します。

 

この貴重な情報は、中国住民に向けて中国語で書かれています。『大陸画刊』の復刻版製作を決定したとき、私たちは中国語の記事を日本語に翻訳することにしました。

 

既に翻訳を終えた昭和15年11月から昭和16年12月までは、復刻『大陸画刊』第一期(オリジナルサイズ・オールカラー)とともに、別冊1として解説/人名索引/事柄・地名索引とともに出版しました。

 

翻訳には当時の歴史的背景や文化風物に関する高度な知識が必要と判断し、第一期では、まず中国人の研究者にお願いすることになりました。

 

第一期の翻訳の過程で、記事原文に、中国語として明らかな文法の間違いや、不自然な表現を含んでいる事例にいくつも直面しました。当時、日本人が日本語の記事を中国語に習熟しないまま(あるいは時間に追われながら)翻訳したためと想像できます。

 

そこで、中国語としては不完全な文章を、背景の知識で補いながら日本語に移し替えるため、翻訳陣に日本人の専門家を加えることにしました。さらに、原文のぎこちなさから生じる日本語の違和感を解消するための編集作業が必要になり、当初想定していた以上の時間と費用がかかることが分かりました。

 

 

 

皆さまからのご支援で、日米開戦以降の日本と中国の関係や当時の民衆の様子を伝えます。

 

昭和16年までに日本は、日独伊三国軍事同盟、大政翼賛会結成、日ソ中立条約、仏領インドシナへの進駐と英米からの敵対、と突き進み、ハル・ノート提示と12月の真珠湾攻撃、太平洋戦争へと至ります。第一期で翻訳済みの昭和16年の記事では、まだ日米開戦は伝えられていません。

 

開戦後の日本軍の攻勢、戦局の拡大、ミッドウェー敗戦、アメリカを中心とした連合軍の反攻、激戦化と歴史は進みます。皆様からのご支援をいただき、この時期の日本と中国の関係、そして、当時の日本人・中国人に何が伝えられ、何が伝えられなかったのかを明らかにしたいと考えています。

 

皆さまからのご支援は、昭和17年以降の翻訳費用として大切に活用させていただきます。

 

■ 復刻『大陸画刊』製作スケジュールと詳細 ■


<第2期>   2018年12月刊行予定
『大陸画刊』第3巻1~12号(昭和17年1~12月)
本文:本冊3,4 (A3判・2冊・製本済・オールカラー)
別冊(日本語訳・索引):別冊2(B5判)

<第3期> 2019年6月刊行予定
『大陸画刊』第4巻1~12号(昭和18年1~12月)             
本文:本冊5,6(A3判・2冊・製本済・オールカラー)
別冊(日本語訳・索引):別冊3(B5判)

 

*第1期(本冊1,2および別冊1は、2018年7月に刊行済みです。

 

■文生書院 復刻『大陸画刊』ホームページ
https://www.bunsei.co.jp/original/new-publication/tairikugakan/

 

 

『大陸画刊』には、どのような記事があるのでしょうか?

 

▶︎当時の日本・中国の生活文化

 

刊行済の復刻『大陸画刊』第1巻1~2号 ・第2巻1~12号より、興味深い記事を、日本語訳とともにご紹介いたします。

 

 

【1枚目:漫画】

▼(倫敦)ロンドンの子どもたち
「じゃあ、またね! 今度また一緒に防空壕で遊ぼう!」(上)

▼(禁止)給食禁止
人間に追い込まれたのではなく、自分で自慢げにその柵を作ってしまったのよ。(右)

▼(防空)防空受話器
「もしもし! 友よ! あなたのL、あなたに話したいことがあるそうで……」

▼(地中)地中海の中の談笑
あれは邪魔……(右)

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【2枚目:食文化】

日本における中華料理店の風景 〔抜粋〕

評判で繁盛している中華料理店は、たいてい港付近にある。例えば、長崎、神戸、大阪、横浜などの各地には「南京街」があり、当地で好まれている。店主と料理長は大体中国人であるが、配膳と接客は日本人女性が担当する。

 

老若男女を問わず、上流の紳士から下流の労働者まで、皆が中華料理を好んでいて、日本料理を上回りそうな勢いである。日本料理はあっさりしているほど、その値段が高くなる。一方、中華料理は脂っこくて味が濃い。日本人が中華料理を好きな理由は、その美味しさと栄養の豊かさにある。ある意味で、中国文化に対する認識も深まっている。


人々に好まれているのは麺類、うどん、シュウマイ、マンジュウのようなものである。都会中の男女事務員のランチは大半が中華料理である。ご飯類には玉子チャーハンや五目チャーハン等があり、麺類には焼きそばや五目タンメン等がある。事変後の今はこうした状況がより一層盛り上がっているのだ。

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【3枚目:スポーツ】

日本の国技大相撲 熱戦と力闘 〔抜粋〕
(每年)毎年挙行の日本の国技である相撲が、一月十日から東京両国で始まった。今年は二六〇一年を迎え、力士も観客も「新体制春場所」に応じて、大相撲の熱戦を見ている。


 例年鉄傘下を飾る旗や幔幕も今場所から面目一新して「忠誠顕彰、一日戦死」になり、正面貴賓席側には「力士は国技、我等は国債」「国技奨励債券報国」の長旗が掲げられ、さらに東西両側には後援幔幕に代わって、「大政翼賛臣道実践」「職域奉公隣保共助」のスローガンになり、鉄傘下での力士と観客の一体化を表している。

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【4枚目:須田禎一記者の回想】

 

山本武利(一橋大学名誉教授・早稲田大学名誉教授)による解説(別冊1に収録)より、戦前の反戦運動、戦後には政権批判などで知られ、終戦末期に『大陸画刊』の記者をしていたジャーナリスト須田禎一氏の回想です。

・・・


朝日の出版局は、そのころ『大陸画報〔ママ〕』という華文のグラフを出していた。ぼくは太原へ赴任する前から、その取材と編集に協力を頼まれていた。ぼくは"宣撫"的な臭気を捨てるべし、と出版局幹部に強く勧告した。そして戦争には無縁の風物をできるだけ集めて送った(印刷は東京でした)。それがぼくのせめてものレジスタンスだった。そういう取材でぼくとコンビを組んだのが、カメラマンのS・ミノル君である。陶晶孫さんの郷里の無錫へ行って泥人形の制作工程を撮影したときも、ミノル君同道である。彼は蘇州語や寧波語も達者だったので、ぼくにはありがたいパートナーだった。

太原からもどってきて、"出版局駐在員"となったころには、"内地"空襲がはじまっていて、グラフ雑誌も届かないことが多かったが、ぼくはミノル君といっしょにあるくのが愉しくて、取材を名としてあちこちへ出かけた。二人の友情は深まった。ミノル君は国籍はあったが兵籍はなかった。ぼくが訓練にかりだされる日には、ぼくより若いミノル君は"老兵ごくろうですな"と冷やかしたりした。ところがある日、そのミノル君にとつぜん現役としての入営通知書が来た。

ミノル君は、母は和歌山県人だが、父は広東人だった。日本人の女性と結婚し、その夫人の兄が朝日のカメラマンだった縁で朝日へ入社した(この義兄は戦争初期に従軍して殉職した)。一九四五年の春には、彼のように兵籍のなかった者が"落穂拾い"みたいに、十八歳の少年たちといっしょに現役の"神兵"にされたのである。
(須田禎一『独弦のペン 交響のペン ―ジャーナリスト30年』勁草書房、1969年、56-59頁)

 

 

貴重資料を通して、研究の助けだけでなく、当時の様子や人々の生活を、広くたくさんの方々に知っていただきたいと思います。

 

今回のプロジェクトでは、昭和15年の創刊から昭和18年12月までの紙面が日本語訳として明らかになります。これにより専門家による研究の一層の助けとなるばかりでなく、幻のグラフ雑誌『大陸画刊』によって報じられた当時の中国人・日本人の姿、戦争や国の様子を、広く一般の方々も知ることができるようになります。

 

それは現代を生きる私たちにとっても、必ずや重要な情報となることでしょう。

 

『大陸画刊』の完全な姿を明らかにすべく、未だほとんどオリジナルを発見できていない昭和19年から昭和20年6月終刊号につきましても、各種情報を収集し、復刻・日本語訳の制作に向けて努力をしてまいります。ぜひプロジェクトへのご支援をよろしくお願いいたします。

 

 

私たち文生書院について


文生書院は、東京本郷にある創業90年の古書店で、創業より貴重資料を届け、人文・社会科学の学問を支えています。学術系資料の目録販売を長く行っておりましたが、最近では絵や写真の入った資料も重点的に取り扱っています。

 

また、貴重資料を広く読者に届けるために、古書を元にした復刻版の製作も数十年継続しています。

 

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ご支援いただいた方へのお礼(リターン)について

 

『大陸画刊』の各期ごとの主な戦争の動きをまとめております。リターンをご購入の際に参考にしていただければと思います。

 

【大陸画刊 第1期】本冊1,2 および別冊1

1940年(昭和15年)/ 1941年(昭和16年)
中華民国に汪兆銘政権発足、各面で日本の介入始まる。日独伊三国軍事同盟。大政翼賛会が結成される。真珠湾攻撃。太平洋戦争が勃発、グアム占領。

【大陸画刊 第2期】本冊3,4 および別冊2

1942年(昭和17年)
各地にて海戦。ミッドウェー海戦で日本軍敗北。ガダルカナル島の激戦、連合軍の本格的反攻の開始。

【大陸画刊 第3期】本冊5,6 および別冊3

1943年(昭和18年)
山本五十六の戦死。学徒出陣始まる。御前会議にて絶対国防圏構想を決定。玉砕の言葉が使われ始める。

 

 

■リターン一覧■

 

■ 『大陸画刊』小冊子

本冊・別冊から一部の記事/写真を抜粋。『大陸画刊』を気軽に楽しんでいただけます。

B5判 ・  ペーパーバック

 

■ 『大陸画刊』別冊(日本語訳)

B5判 ・  ペーパーバック ・  解説(山本武利)/人名索引/事柄地名索引

(※オリジナルの誌面は含みません)

別冊1:第1巻1 ~ 2 号 ・第2巻1~ 12号

別冊2:第3巻1~12号

別冊3:第4巻1~12号

 

■ 『大陸画刊』本冊(オリジナル誌面を収録、中国語)

A3判 ・  ハードカバー製本済 ・ オールカラー

本冊1:第1巻1 ~ 2 号 ・第2巻1~ 5号

本冊2:第2巻6~ 12号

本冊3:第3巻1~6号

本冊4:第3巻7~12号

本冊5:第4巻1~6号

本冊6:第4巻7~12号


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