READYFOR
クラウドファンディングとははじめるさがす
購入型

通信制高校に関した先進事例のシンポジウムを仙台で開催したい

詩誌『回生』(担当:編集同人、小熊昭広)

詩誌『回生』(担当:編集同人、小熊昭広)

通信制高校に関した先進事例のシンポジウムを仙台で開催したい
支援総額
26,000

目標 400,000円

支援者
5人
残り
終了しました
募集は終了しました
0お気に入り登録0人がお気に入りしています

0お気に入り登録0人がお気に入りしています
2015年07月07日 04:54

版画に言葉を添えること(何が生まれるのか:その21)

 おはようございます。

 

 私は、どうしても「自分」というものを意識してしまいます。

 

 どんな時が多いかというと、一番は、「悔しかった」時です。

 

 自分の話を聞いてもらえない。

 

 頑張った自分を、認めてもらえない。

 

 うまく出来なかったときに、頭ごなしに理由も聴かずに怒られる。

 

 そんな時に、「悔しい」と思い、

 

 つい、「どうでもいいや」と投げやりになります。

 

 でも、自分を捨てることはできません。

 

 時として、扱いが面倒な、「自分」がつきまといます。

 

 これを「魂(たましひい)」と言っても良いのかもしれないと思ったりもします。

 

 

 

 

 どうも、魂(たましひい)は、聖なるものの前では、絶対的なものの前では、おとなしくなる傾向があるような気がします。

 

 魂(たましひい)の扱いに苦労すると、結局、そこ(聖なるもの)に辿り着くことが多いのかも知れません。

 

 聖なるものと絶対的なものとは、表裏一体ではないかと思っています。

 

 

 

 

 

 どうして、こんなことを今日書いているのかというと、学校教育の中では、この魂(たましひい)の扱い方を教えてはくれません。

 

 特に、日本の教育の中では(他国の教育はよく知りませんが)。

 

 聖なるものの前に従順になれ、とか。絶対的なもののまえでは従順に、なれ。とかということではなく、その人その人、その人のやり方で魂(たましひい)を扱う方法を、教えてはくれません。

 

 でも、みんな自分で成長する過程で身につけてゆきます。

 

 処世術なのでしょうか。

 

 剥き出しの魂(たましひい)で人と人が触れあえることができることのすばらしさ、互いに認め合うことの大切さを感じたいです。

 

 

 

                               小熊

一覧に戻る

リターン

2,000

サンクスレター+シンポジウム報告書(記録)の送付

支援者
2人
在庫数
制限なし

3,000

サンクスレター+シンポジウム優先参加の権利(申し出があった場合は他の方に譲渡することも可能です。)

支援者
0人
在庫数
80

5,000

サンクスレター+シンポジウム優先参加の権利(申し出があった場合は他の方に譲渡することも可能です。)+シンポジウム報告書(記録)の送付

支援者
2人
在庫数
38

10,000

サンクスレター+シンポジウム優先参加の権利(申し出があった場合は他の方に譲渡することも可能です。)+シンポジウム報告書(記録)の送付+版画家明才作製のオリジナルポストカード(木版画)3枚

支援者
1人
在庫数
19

35,000

サンクスレター+シンポジウム優先参加の権利(申し出があった場合は他の方に譲渡することも可能です。)+シンポジウム報告書(記録)の送付+当日午後6時半頃から約2時間のパネリストとの食事会参加権利

支援者
0人
在庫数
10

プロジェクトの相談をする