4月を迎えました。私たちのプロジェクトも、いよいよ残り1ヶ月。

 

4月30日(火/祝)23:00までに100%に到達しなければ、文字通り支援金はゼロとなり、九五式軽戦車は、買い取り予約期限切れ。ロシアか中東石油王のマニアの手に渡ってしまうことが決まっています。

 

現在、支援額は2000万円超。

 

実は裏側で大口の支援者が決まっているとか、プロジェクトメンバーが身銭を切る予定とか、一切そんな「出来レース」はありません。本当に、クラウドファンディングが達成しなければ、すべてなかったことになるのです。

 

ポナペ島で風雨に晒され、草生す九五式軽戦車たち。(写真提供:NPO法人防衛技術博物館を創る会)

 

厳しい戦いではありますが、過去、クラウドファンディングでは残り1ヶ月から巻き上げた例、残り1週間、残り数日で50%を巻き返した例も多くあるそうです。

 

そこで、改めて、お願いです。

 

ご支援のタイミングについて、またあとで……、もう少し支援が伸びてから……と考えていらっしゃる方、どうか「いま」、ご支援をお願いできませんでしょうか。いま、少しずつでも支援が伸びていくことが、ラストの盛り上がりを生みます

 

すでにご支援くださった方、どうかこのタイミングで、改めて情報拡散をお願いいたします(もちろん、重ねてのご支援をいただけましたら、こんなにありがたいことはありません)。

 

最後までみなさんのご支援とラストスパートの盛り上がりを信じて、粛々と突き進みます。どうかどうかよろしくお願いいたします。

 

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さて、今まで2ヶ月間クラウドファンディングを行う中で、さまざまなご意見を頂戴してきました。

 

中には、「外国あった方が幸せだ」「日本では保管できない」といった、否定的なご意見もありました。あまり波風を立てたくはないのですが、そのようなご意見に引っ張られてしまう第三者の方からもご相談をいただくので、覚悟の上で反論させていただきます。

 

長くなりますが、ぜひお読みいただけると幸いです。

 

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いちばん多いのは、「日本に里帰りした兵器は土に還ってしまう」というご意見。

 

自分がお聞きしたいのは、「そんな具体例がありますか?」ということです。

 

自分が見分した範囲で、公に知られている海外から里帰りした兵器について、ひとつひとつ考えてみたいと思います。

 

■零戦数機と隼、一式陸攻(河口湖自動車博物館関連)

 

これについては靖国神社に寄贈された零戦52型を始め、素晴らしいコンディションを保っています。

 

その靖国神社に収蔵されている、彗星艦爆や九七式中戦車、人間魚雷回天などは、平成の大改修とも言える修復作業を終えて、往時の雄姿を取り戻したばかりか、毎日多くの来館者にその姿を今に伝えてくれます。

 

写真提供:零戦計器板研究家中村氏

 

■航空機(二式大艇と四式戦「疾風」)


二式大艇は、船の科学館閉館時に海上自衛隊鹿屋基地に引き取られて広報展示されています。

 

屋外展示ということで、個人的には「かがみがはら航空宇宙博物館」の屋内展示スペースへ移管して欲しいと思っていますが、少なくとも土に還るどころか、自衛隊によって5年に一度と決められた全塗装等による保存処置等により大切に保管展示されています。

 

海上自衛隊鹿屋基地に展示される、現在でも世界をリードする日本の飛行艇技術の原点「二式大艇」。(写真提供:零戦計器板研究家中村氏)

 

一方の「疾風」については、「日本人が飛べなくした」「スクラップにした」「輸送時に翼を切断された」「嵐山美術館の展示の際に致命的な部品を盗まれた」など、決して事実ではない書き込みが、ネット上には散見されます。

 

それらの書き込みに共通するのは、思い込みや伝聞の丸呑みによる誤った判断です。

 

知覧特攻記念館では、空調完備で屋内保管されています。主脚収納スペースをよく見れば、主翼が切断された痕跡が無いことが判ると思います。(写真提供:零戦計器板研究家中村氏)

 

知覧特攻記念館では「疾風」の学術的な調査と併せて、エンジンカウリング外した展示を平成30年12月27日~平成31年3月10日まで実施しました(現在はカバーを装着した一般展示に戻っています)。それを実見した人々からは、飛ばなくなったことでオリジナルが保たれていると、その保管状態の良さに驚きの声も上がっています。

 

当時の日本航空エンジンの到達点「誉」エンジン。このエンジンはまだまだ生きている。修復は十分可能だが、慰霊顕彰には必要のない要求なのです。(写真提供:零戦計器板研究家中村氏)

 

確かに1960年代に「疾風」を修復したアメリカPOFスタッフにしたら、飛ばさないなら返して欲しいと思うでしょう。しかし、本当に彼らが日本人を軽蔑するほどの嫌悪感を今でも持っているかと言えば、「それは全く違う」とアメリカPOFの修復作業を手伝う零戦計器板研究家・中村氏は言います。

 

POF航空博物館のエド・マロニー氏(2016年没)と零戦計器板研究家の中村氏(左)。本当に日本人に「疾風」を売却したことに怒っているなら、彼は受け入れてもらえなかったと回想しています。

 

■九七式中戦車「チハ」二両

 

下田四郎氏がサイパンから持ち帰った、九七式中戦車「チハ」二両。

 

その一つ、靖国神社に奉納されたみたて号は、空調完備の遊就館に大切に収蔵され、先ごろ平成の大改修を経て往時の姿に外見が復元されました。

 

サイパンから下田四郎氏が私費で持ち帰った九七式中戦車「チハ」(写真提供:靖国神社「遊就館」)

 

若獅子神社に奉納されたもう一輌の「チハ」は、撃破され炎上したあとに長らく海水交じりの土地に埋められていたために、酸化が酷く進行しています。

 

この戦車については慰霊碑ということで、これ以上修復しない状態に留めるという若獅子神社の方針があります。しがって、日本に帰って来たのであって、「土に還る」とは意味合いが違います。

 

若獅子神社に奉納されたサイパンからの帰還戦車と下田四郎氏(故人)

 

■零戦復元機

 

先般里帰りを果たした「零戦復元機」は、維持費を捻できずに転売されるという残念な結果になりました。先般、国内の某自治体が購入したと記しましたが、事実ではないようです。訂正してお詫び致します。

 

海外のレストアラー(修復業者)やコレクターから見れば、日本人が「零戦」を里帰りさせたという実績が評価されていることに自分は感謝します。今後も日本人に任せて大丈夫と彼らが判断したならば、第二、第三の里帰りも続くことでしょう。

 

*日本国内で唯一飛行可能な「零戦復元機」。写真提供:零戦計器板研究家中村氏

 

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九五式軽戦車についても、今回のチャンスを逃せば、日本軍車輛の里帰りの機会は遠のくと思います。

 

ネット上では感じたままに根拠を示さずに書き記す方が多いですが、過去の実績があるからこそ、海外から片手に余る日本軍機が里帰りを続けているのは事実です。

 

敗戦国日本の近代史の欠損したパズルピースとも言える、これらの技術遺産は先達たちの努力によって里帰りを実現して、現在も多くの方々のご尽力によって、我々にさまざまなことを語り続けてくれます。

 

今回は我々が九五式軽戦車を里帰りさせる番です。

 

残り一か月、毎日100万円の支援を積み重ねなければ目標には到達しません。

 

皆さまのご協力を、どうかお願いいたします。

 

▼上記のお話については、動画でも実行者小林がお話させて頂いておりますので、ご覧いただければ幸いです。

 

実行者:小林 雅彦

 

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