プロジェクト概要

 

必要資金は1億円。その一部をクラウドファンディングで集めます。

 

無事購入することができれば、まずはイギリス・ボービントン戦車博物館にて、日本人からの貸与品として展示

 

そして将来、「防衛技術博物館」(現在、静岡県御殿場市に計画中)が開館したあかつきには、日本への里帰りが叶います。

 

 

■■ご支援方法(クリックで説明書に飛びます!)■■

①クレジットカード支払いの場合

②銀行振込の場合

 

▲支援ページに飛びます。

 

▲プロジェクトの詳細がわかる告知動画です。
ナレーション:中上育実(ナレーター・声優[ガールズ&パンツァー 秋山優花里役など])

 

 

 

 

 

 

NPO法人「防衛技術博物館を創る会」代表・小林雅彦です。足掛け10年、地元静岡県御殿場市に、戦車、装甲車、火砲、トラック等の車両を収蔵する博物館を創る活動を続けております。

 

博物館そのものの設立に向けての活動と合わせ、将来館内に展示するための車両の調査・収集も精力的に進めています。このたび、1台の九五式軽戦車を日本に取り戻すべく、クラウドファンディングを立ち上げました。

 

■九五式軽戦車とは

 

日本陸軍が昭和10(1935)年に制式採用した戦車です。通称「ハ号」。

 

日本戦車として初めて計画時から三菱製空冷ディーゼルエンジン(A6120VD型)を搭載し、北は千島列島から、南はマーシャル諸島まで日本軍が展開したすべての地域で、頼もしい相棒とし運用されました。

 

戦前戦後を通じて、日本戦車としては一番多い2300台以上が生産されたにも拘らず、国内には一台も現存しません。

 

現役時代、富士演習場にて走行中の九五式軽戦車 

 

そもそも、現在国内に残された戦前・戦中の国産戦車は、片手で数えられる程度ですが、それは無理からぬことかもしれません。戦後70年が経過し、平成が終わる今日になってやっと技術遺産として戦車を語れる時代になったのです。

 

陸上自衛隊が所有する「八九式中戦車」と「三式中戦車」以外は、博物館に収蔵するにはそぐわない、あまりに生々しい歴史的背景を持っている車両ばかりです。最前線の島々で奮闘虚しく撃破され、搭乗員の多くは戦死……そんな車両は、多くの日本人の価値観では「墓標」とすら感じられるのでしょう。


そこで、我々の博物館では、武装解除等により戦勝国や現地の軍隊に接収、あるいは鹵獲された車両に絞って、返還要請・収集活動に当たっています。

 

そんな中、白羽の矢が立ったのが、今回の九五式軽戦車でした。

 

 

 

 

 

 

■1981年

 

ミクロネシア連邦ポンペイ島は、太平洋戦争中、南方の島々でも連合軍の上陸作戦が無く、地上戦が行われないまま終戦を迎えた場所です。ここには現在も15台程の九五式軽戦車が残されています。

 

1981年、元アメリカ軍人の厚意により、同島から日本に2両の車両が返還されました。1両は再塗装されたのち、ふたたびポンペイ島に返還。もう1両は、1986年から「京都嵐山美術館」にて展示されていましたが、1991年に同館は閉館。その後、和歌山県の「南紀白浜ゼロパーク」へと移管されました。

 

ポンペイ島に残された九五式軽戦車たち(2016年現在の様子)

 

昭和56年にポンペイ島から一時帰国し、修復と再塗装がされたあと返還を待つ九五式軽戦車(現在は、ポンペイ島の観光センターの横に展示されている)

 

 

■2004年

 

しかし、2004年、その南紀白浜ゼロパークも閉鎖。

 

行き場を失った車両を購入したのは、英国人の愛好家O氏でした。せっかく日本に帰還した唯一の九五式軽戦車は、こうして再び日本を離れることになってしまったのです。

 

イギリスに向けて旅立つ九五式軽戦車

 

実は、このとき私たちも「購入したい」と手を挙げたのですが、タッチの差で間に合わず、国外流出を許してしまいました。この悔しさが、現在のNPO設立のきっかけの一つでもあります。

 

私たちも、NPO立ち上げ後の2010年から、O氏に対して「再度日本に返してくれないか」とたびたび交渉を続けてきましたが、受け入れてはもらえませんでした。

 

一方で、ポンペイ島に残る他の九五式軽戦車の返還は叶わないだろうかと働きかけもしていましたが、こちらも交渉は遅々として進みませんでした。現地の方々は温かく迎え入れてはくれるものの、返還については一貫した態度で、「日本に返しても面倒を見切ることができないなら、最初から渡すわけにはいかない」。2004年に日本人が車両を手放してしまった事実は、それほどまでに重かったのです。

 

2005年、イギリスに到着した九五式軽戦車

 

■2017年

 

さすがに九五式軽戦車は諦めるしかないか……と考えていた折、2017年に、当のO氏から「やはりこの戦車を購入しないか?」と連絡がありました。「ただし、車両の修復費用もサポートしてほしい」と。

 

実は、2005年に英国に到着した車両は、当初想像していたよりも状態が悪く、英国内での作業を断念したO氏は、すぐに修理をポーランドの専門業者に託すことにしたそうです。

 

修理前の九五式軽戦車。内部を見ると、ポナペ島に残された車両の中でも一番状態が良い(部品が盗まれたり、無くなったりしていない)ものが選ばれ、返却されたのだと分かる

 

エンジンはもちろん、バッテリーや補器まで当時の状態のまま残っている

 

以降、O氏は10年以上にわたって修復に費用を注ぎ、完成まであとわずかというところまで至っていました。しかし、彼は他にも多くの修復車両を抱えているため、最終的にこの修理を断念。

 

中東の石油王か、ロシアのマニアへの売却が検討されていた中で、私たちNPOの存在が頭に浮かんだというのです。

 

というのも、実は彼は私たちが2014年に実施した「くろがね四起修復プロジェクト」にも協力いただいていました。

 

その繋がりから、修復作業の経過をご覧になり、我々が口だけでなく、この歴史的遺産を保存してゆく能力も組織力も持ち合わせていると判断し、「本来あるべき場所にこの戦車を返すべきだ、と考えが変わった」と伝えてくださったのです。

 

 

■2018年

 

このような貴重な車両が売買されることは滅多にありません。今回こそ、なんとしても我々日本人の手に取り戻したい。今回のO氏からの申し出は、まさに我々日本人に与えられた運命的なチャンスであり、試練であると考えます。

 

そこで、我々は有志による寄付をお願いし、2018年初夏に修復作業継続のための資金をO氏に送金しました。

 

これにより修理は再スタート。今回の修復の肝は、三菱製空冷ディーゼルエンジンA6120VD型でしたが、これも完全オーバーホールされ、2018年末に試運転に漕ぎつけました。今後は補器類の調整後に車体に搭載、2019年3月中の試運転→5月末の復元終了を目指します。

 

分解を進めて、いよいよエンジンを車体から取り外す様子

 

修理は、膨大な量の当時の資料をもとに進められている。我々も翻訳やアドバイス等をお手伝い

 

完成すれば、オリジナル三菱空冷ディーゼルエンジンで走行する旧日本軍戦車としては、世界で2番目のものになります。

 

あわせて、私たちは戦車の購入権利も獲得しました。

 

購入のために必要な資金は1億円。そのうち、5000万円を今回のクラウドファンディングで募ります。

 

※残りの額は、これまでに別途募った寄付金と、自己資金・借り入れによってまかなう予定です。

 

 

 

 

 

 

皆様からいただいたご支援をもとに、九五式軽戦車を買い取ることができれば、まずはイギリスの「ボービントン戦車博物館」に日本人からの貸与品として展示します。

 

そして、将来、静岡県御殿場市に建設予定の「防衛技術博物館」をなんとしても実現させ、日本への里帰りを目指します。

 

■なぜ、ボービントン戦車博物館に?

 

 

現状の日本の法律では、貿易管理令の定めにより、戦車をすぐに日本へ輸入することは叶いません。そこでしばらくのあいだ同博物館に展示を依頼することに決めました。

 

同館は、世界屈指の戦車コレクションを誇り、毎年6月には収蔵車両のパレードが行われることで有名です。ここにも九五式軽戦車は展示されていますが、もちろん稼働状態にある車両ではありません。

 

今回、同館に修復完了した九五式が展示されれば、6月のパレードで、博物館収蔵の世界の戦車達と一緒に、日本の戦車を欧州で初めて走るという夢のような姿も見られます。

 

文字通り、あとは「修復完成を見極めて、5月末に支払いを済ませ、所有権を我々日本人の手に取り戻すだけ」のところまできているのです。

 

修復作業について、現地(ポーランド)で打ち合わせをする

 

 

 

 

 


今回のプロジェクトが成功すれば、この戦車一台の里帰りにとどまらない意義を秘めている、と私は確信しています。

 

世界各国の軍事博物館、軍用車コレクターもその動向を見守っています。

 

そして何より、

 

「日本に返しても面倒を見切ることができないなら、最初から渡すわけにはいかない」。

 

そうおっしゃったポンペイ島の人達の心を動かし、同島に所在する様々な日本軍車両の里帰り機運が高まることになるでしょう。お金では買えない価値が、今回のプロジェクトにはあるのです。

 

ポンペイ島のジャングルの中に放置されたトヨタ製の水陸両用トラック「スキ」。戦場で破壊された個体ではなく、平和な時代を経て放置されている車両は世界でこれ一台だけと思われる

 

ジャングルの中に放置された、日本軍の牽引トラクター「ホフ」と思われる残骸

 

現地で走行状態にまで修復された九七式軽装甲車

 

人の記憶や価値観は薄れたり、移ろったりします。歴史的な資料や記録もその時々の価値観の変化や、常識と呼ばれる「空気」に流され、正しく評価することは一般的には難しいものです。しかし、当時のその国の持てる力を注ぎ込んで開発、製造された戦車は、工業製品という「物言わぬ時代の証人」として、形ある限り後世の人々にも当時の日本の技術力、生産力などを語り継いでくれることでしょう。

 

事実、戦車用ディーゼルエンジンは戦前から日本のお家芸であり、敗戦後のバスやトラック、ディーゼル機関車などの開発に繋がりました。

 

私たちが目指す「防衛技術博物館」は、そのような技術史を軸に、昭和2年から90余年にわたる国産戦車の歴史を残す場所にしたいと考えています。近い将来、支援者の皆様と里帰りを一緒にお祝いする日を夢見て、これからも活動を続けて参ります。

 

しかし、まずは、九五式軽戦車を日本人の手に取り戻すところから。

 

目標額は非常に高いものではありますが、みなさまからの力強いご支援を、どうかよろしくお願い申し上げます。


まだエンジンは搭載されていないが、外見はほぼ当時の姿に仕上がった(2018年現在)

 

 

 

 

 

①松本零士 先生(漫画家)

https://readyfor.jp/projects/type95HA-GO/announcements/93896

 

 

続々、更新します!

 

 

 

 

概要ページでは語りきれなかった、プロジェクトの裏側をご紹介します。

 

▼クリックで、各記事に飛びます。

#1 告知動画のナレーター・中上育実さんの収録風景

#2 戦前の遺産は、海外にあった方が良い? 小林が動画で語ります

#3 三菱製・A6120VDエンジン、台上試験の様子

#4 今回の里帰りプロジェクト、そもそものきっかけはオランダで……?

#5 「タイの」九五式軽戦車を買い戻すことはできないのか?

#6 修復作業は、なぜポーランドで?
#7 戦車を「輸入」する練習をしました!

#8 九五式軽戦車が眠る、ポンペイ島への旅(第一回)

 

 

続々、更新中!


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