エイズと共に生きる、ウガンダの若者の未来をつくる職業訓練を!

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こんにちは。門田です。

 

これまで、私がどのように生き方を決め、 NGOを立ち上げるに至ったのかについて、お話ししました。

 

 

わたしが活動する理由 「第1章 13歳のわたし」

わたしが活動する理由 「第2章 エイズ孤児との出会い」

 

 

そう、あの時、私はこれから多くの子どもたちを救いたいと、希望にあふれていました。

今回は、そんな私が最初にぶつかった壁をお話しします。

 

NGOを立ち上げたはいいものの、

すべてを失い、誰も救えなかった、経験。

 

 

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▼第3章 わたしは、誰も救うことができない

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ただの大学院生だった人間が、 勢いでNGOを設立した。

 

それには一つの理由がありました。

一緒に立ち上げをした学生の仲間が、

アフリカのウガンダでボランティアをした経験があり、

スラムにあるエイズ孤児の小学校から支援を求められていたのです。

 

「まずはその小学校を支援しよう!」

 

2006年。私、24歳。

 

大学院を出ただけで、社会人経験0。貯金なし、職なし。

 

アフリカのスラムの小学校を救うために、

情熱だけをもって、日本を飛び出しました。

 

当時は、日本で3か月バイトして、その後、2,3か月アフリカに行くということを繰り返していた。

 

 

◆命の危険と向き合いながら、支援をする

 

団体を立ち上げ、ウガンダには、私を慕ってくれたボランティアの仲間が20人。

みんな手弁当で手伝いにやってきてくれました。

門田は真ん中。ボランティアの仲間はほとんどが大学生だった。

 

あろうことか、そんな中、建設中の小学校を、

突然、取り壊されそうになるという事件がおこりました。

 

ボロボロの青空教室は、雨が降ったら授業ができない状態でした。

 

隙間だらけで、床は土の小学校。雨が降れば授業は中止。 それでも子どもたちは生き生きと学んでいました。

 

この教室を、雨が降っても勉強できて、安全な教室にしたい。

子どもたちに、のびのびと、勉強してほしい。

そんな思いで建設を始めました。

 

しかし、

「ここに学校はいらない」

「すぐに建設をやめないと、明日、学校を打ちこわしに行く」

と、脅迫を受けてしまったのです。

 

いつ、だれがスラムの中で自分を狙っているかわからないのです。

建物が壊されるだけでなく、私の身の安全も危ないのではないか。。。

夜も眠れない日がつづきました。

ともに活動するウガンダ人のボランティアが、常に一緒に行動して、 守ってくれました。

 

学校がお休みの夏休み期間に全面改築し、新学期を迎える計画でした。

 

自分はよいことをしているのに、どうしてスラムの人はわかってくれないの?

と、私は相手を責めるばかりで、相手と向き合う強さを持っていませんでした。

 

自分を正当化してばかりいたのです。

 

そんなとき、自分のいたらななさから、

大切なものを、さらに失って、どん底に落ちていってしまったのです。

 

けれども、この時の経験が、今のわたしを作ったといっても、過言ではありません。

 

続きは、次回に。

 

>>第4章「悪魔の子」はこちら

 

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「わたしが活動する理由」過去の記事はこちら

わたしが活動する理由 「第1章 13歳のわたし」

わたしが活動する理由 「第2章 エイズ孤児との出会い」

 

 

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