一年間の総決戦、モロカイ世界選手権が終わり九州、熊本菊池の墓参りをすませ帰沖しました。都内から海人丸二号ワークショップを申し込んでくれた僕の大学時代の同級生家族が来沖したので、二号のサバニ建造場へ向かいました。

既にご存じの通り日南の井上さんから寄付を受けた飫肥杉は、自然乾燥させた3年間で10回以上の台風に打たれ乾燥場が浸水しかなり腐敗が進行したのですが、伝統サバニ大工・嶺井一家と共に恐る恐る製材すると、赤身部分はまだかろうじて腐食されておらずぎりぎり必要な素材を確保することができました。

 

ただ、上写真の側板(そばいた)は船体後ろ部分がかなり反っていますので、板の継ぎ足しに嶺井さんたちはかなりの時間を費やしました。

足りない部分の材料は既に嶺井さんが乾燥させていたものを使わせてもらいました。(これも当然飫肥杉です) 通常サバニと呼ばれる沖縄の木造船は現在大きく二つに分けられます。一つは風を受けて進む昔、漁業目的に使われた”帆かけサバニ”、そしてもう一つが毎年沖縄各地で毎週末の様に開催される船漕ぎ競争”ハーレー船”です。

 

帆かけサバニはFRP漁船の影で本来の使用目的では使われておらずスポーツとして開花させようという動きがここ数年間で活発になっています。一方、ハーレー競争は毎回賞金が出て地域の小学校が休みになるほど島人の心を熱く盛り上げる一大行事で、木造からFRPまで幅広いレース艇があり、嶺井さんは過去に200隻以上のハーレー船を建造してきた第一人者です。

軽く、強く、しなやかな櫂(パドル)を自作して販売している人も増えているほど、沖縄で最も盛んな海のスポーツです。

僕自身、この14年間世界中のパドルレースに参戦しオリンピック競技のフラットウォーターから、海峡横断レース、また帆かけサバニ・ハーレーレースも経験してきました。競争と命懸けの冒険、ビジネスとボランティアの違いも肌で感じました。

 

ハワイ航海カヌー”Hokule'a”のクルートレーニングを9年年間(半年ハワイで生活しながら)続け、その後2007年にハワイから横浜までの大航海に参加。水平線から日本を見つけた時の感動が海人丸プロジェクトの再スタートでした。

 

ホクレアが終わった2007年以降、毎年沖縄と九州・宮崎間を人力航海し、地球と人間社会の関わり方や、人と海が隣り合わせに暮らすことへどんどん魅かれ、家族と海と楽しく遊びながらレースに向けてトレーニングする今の暮らしに辿り着きました。

 

 

本当の危険と人の無力さを知り、自然の脅威との付き合い方を学ぶことが今の世の中ではとても重要です。その為にはサバニという定義や、海を渡る手段への拘りよりも、安全に人を(特に子供たちを)海へ招き、魚や貝を獲って食べたり、風や太陽の位置、潮の流れが常に変化していく地球を肌で感じる道具が必要です。

 

本来の漁業やレース目的ではなく、人が安全に海で遊ぶ道具として”海に浮ぶ島”海人丸二号も、僕がデザインするスタンドアップパドルボードも。より安全に、人と食料を乗せて自由に海を渡れる遊び道具のデザインは一歩一歩前進しています。

 

来年夏には海を自由に滑走してくれるはずです。建造中のサバニは12月の進水式を目指しています。

 

Keep paddling. Taku

 

 

 

 

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