プロジェクト概要

子どもたちを守るために避難生活を選んだ母親の愛、想い、現状を伝えたい

 

はじめまして、芝野章子と申します。2007年、41歳にして子どもを出産、ようやく子どもが幼稚園へ通うようになり、半年経った頃に起きた地震・津波の影響で、原発が爆発し、放射能が空へ、海へ、土壌へと大量に飛び散りました。底知れぬ不安が沸き上がり、当時住んでいた群馬より母子で福岡へ避難を決めました。

 

放射能に対する見えない不安から、「子どもの健康、未来の命を守りたい」一心で、原発からなるべく遠くへ行こうと、避難することを決めたお母さんたちがいます。私もそのひとりでした。しかし、家族や周囲からの反対や、避難後も、慣れない避難先での人間関係に悩み、特に関東から避難してきた方々は自分勝手で神経質だと言われることさえもあります。だからこそ、子どもの健康を最優先に考え行動したお母さんたちの想いを伝えたいと思っています。

 

そのために避難生活の実態調査を行い、福岡教育大生の協力を得て、避難者のインタビューしてもらい、その内容を書き起こしてもらい、あとは手記として出版するだけなのですが、そのための費用が不足しています。どうか皆様のご支援をいただけないでしょうか?

 

(ふわりネットワーク・福岡の定例会を兼ねた講演会。TV取材が入ることもあります)

 

自分たちは小さなグループかもしれない。それでも何かできることはあるはず。その想いから、小さな動きがはじまりました。


仲間との出会いは2012年11月「原発事故 子ども・被災者支援法福岡フォーラム」でした。関東から避難してきた同じ境遇の仲間と出会ってからは、ママの声を届けるために積極的に動き始めました。2012年12月は福岡市へ、2013年1月には久留米市や福津市へ、2月には北九州市へ、政府に福島や関東から避難している(自主)避難者たちの声を届けるために、「原発事故子ども・被災者支援法早期具現化を求める意見書」を提出してくださるように各議会へ訴え、福岡県内では20近くの自治体の議会が「支援法早期具現化の意見書」を提出してくれました。

 

また、2013年3月に「原発事故子ども・被災者支援法ワークショップ」を開催し、復興庁の担当官にも同席していただき、仲間と気持ちを共有する機会をもちました。その時、私たちは被災者であること、そして、被災前の生活に戻りたいこと、被災者の気持ちに寄り添えるのは同じ被災者(当事者)が一番心地よく、安心することを知り、私は被災者の自助活動グループとして「ふわりネットワーク・福岡」を立ち上げました。

 

月1回の定例会の中で被災者のリアルな声を伝えるために、避難生活中の手記を出版したいという意見がありました。というのも、自主的に避難を決めた方々には何も支援もなく、すべてが自己責任だと言われています。でも、本当に子どもを守るという本能と、純粋な愛があってこその行動だと知ってほしい。多くを失った被災者の心が崩壊に向かっている中、避難ママたちが、現実に立ち向かい、絶望の中から希望を見出し、前向きに生きている姿を支援してくださる方一人一人に伝えたいという想いがあったからです。

 

しかし、人手もなく大変な作業になることや金銭的な問題もあり、一時は暗礁に乗り上げ、諦めかけました。「やはり、小さなグループには限界がある。行動したいと思う反面、自分たちには力がない」と思い知らされ、悲しい気持ちになりました。そんな時、偶然避難者のお話会を聞きに来てくれた、福岡教育大学で社会福祉学を教えている教授に思い切って相談したところ、教授自らアンケートの監修、学生たちのサポートを得られ、授業の一環としてインタビューや書き起こしをしてくれることになりました。

 

最初は、どんな学生がインタビューするのか、また、学生がインタビューや書き起こしをうまくできるのかという不安はありましたが、インタビューをしてくれた学生一人ひとりが避難者の想いをしっかり感じ取ってくれたこと、避難者の気持ちに寄り添ってくれました。諦めてたことができたということもありますが、彼らが私たちに寄り添ってくれたことが何よりも嬉しかったです。

 

(周囲の無理解を感じてきたお母さんたちにとって、理解者の存在は嬉しいものです)

 

 

話すことで、心が軽くなる。話すことで、家族を幸せにできる。話すことで社会を少しずつ変えていくことができる。

 

被災者が自分の体験を語ることは語り手自身の心の整理にも繋がります。避難しようと決心しても、家族や周囲からの反対や無理解、子どもが通う幼稚園や学校の問題などもありますし、住み慣れた土地を離れた決断をした時の苦悩。避難を決める際にも壮絶な心の葛藤。避難した後も、慣れない避難先での人間関係に悩み、特に関東から避難してきた方々は自分勝手、神経質、放射脳などと思われていることさえもあります。

 

そうした絶望していた時期の自分に向き合いながら、自分の想い・感情を言葉にすることで、希望があるかもと自分を見つめなおして心が落ち着いたり、子どもやご主人、または自分のご両親や親せき、友人知人などに関連した様々な悩みがあったけどちょっとだけ踏ん切りがついたり、ぐちゃぐちゃだった心の中が整理されたりするのです。

 

こうしの心の動きは、このプロジェクトを実行する過程で最も大切な部分のひとつです。

そのことだけでも、被災者の心の安定につながり、今回インタビューの応じた方は子育て真っ最中のお母さんたちなので、お母さんが落ち着くことは子どもたちも安心することにつながると思います。

 

(母親の安心は子どもの安心に繋がる。だから子どもは楽しく安心して遊べるのです。)


お母さんが喜べば、子どももうれしい、子どもがHAPPYならばお父さんだってうれしい。そんな幸せの輪が広がると思います。東日本大震災から3年が経ちました。先日3月11日を迎えましたが、震災に対する意識は以前に比べれば薄くなっているようにも感じます。しかしお母さんたちの体験を手記という形で伝えることで、現実に起こっている被災者が抱える社会的な問題に気付く人が増えると私は思っています。

 

(現在準備している手記には避難者の現状やインタビュー内容などが詰まっています)

 

そして、被災者が自らの体験を語ることで、実際にこの社会には「弱者(母子家庭、父子家庭、貧困、虐待などで苦しむ人たち)」の存在を知るかもしれない。問題の深刻さに気付くかもしれない。この「気付き」という最初のステップを踏む方がひとりでも増やすことができれば社会全体に変化があらわれるかもしれないと私は思います。

 

しかし、本屋に行って、手に取って読んでみたいという本があるように、多くの方々が「このブックレットを手に取ってみたい」と思わせるものにしなければいけないと思います。どんなに心を震わす内容であっても、誰が見ても美しいと思うような挿絵があっても、まずは、「手に取ってみたい」、「表紙を開けて中をみてみたい」という行動を起こさせる外見がなければ、誰も手にすることはないと思っています。

 

「中を開いて読んでみたい」を思わせるような外装にするためには、ある程度お金をかけることも必要です。ただコピー機で白黒印刷して、ホッチキスでとめるだけの簡易的なブックレットではなく、お母さんたちが子どもを守りたい一心で原発から離れてきた、その想いが詰まったお話をもっと多くの人の目に止まるようにして「気付き」を与えるためにも、みなさんの支援が必要なのです。

 

そして、手に取って読んだ一人の読者が、他の方にも「この素敵な外装の本」を読んでほしいと手渡せるようなブックレットにもしたいですし、部屋に飾っても違和感がないような仕上がりにしたいと思っています。そうして、私たちの小さなグループから、少しずつ社会に気付きを与えていけたら、そして少しずつ被災者がポジティブになれる社会をつくっていけると夢見ています。皆様のご支援、どうかよろしくお願いします。

 

引換券について

■避難ママの体験記
感謝と私たちの想いを知っていただくために、そして、親しき家族や友人にブックレットをさし上げてくださることを期待してお送りします。

 

■HPにお名前掲載
ふわりネットワークのHPに支援者としてのお名前を記載させていただきたいと思います。

 

■会津木綿のボタン
福島のお母さんたちが作った、会津木綿のボタンをお送りします。

 

■ナイロンたわし
福島県新地町のおばあちゃんたちが作ったナイロンたわしを差し上げます。

 

 

 

ふわりネットワーク・福岡http://huwarinetwork.wordpress.com/


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