奨励賞を受賞した長編小説「華麗なる孤独」を出版したい

 

　街灯のない山の中だが、幸い満月の光が煌々と辺りを照らしている。

　ジェームスは何かにとりつかれたかのように、プリムローズの両親の墓を探した。

　それが屋敷近くにある確証はなかったが、ジェームスの予想通りなら可能性は十分にあった。普通に埋葬されていればアルセイドをはじめ、親族は葬式に集い、まだ少女のプリムローズは親族に引き取られたであろう。

　しかし両親の死は隠さなければならなかった。この真実が明るみになればホイックリー家の未来も彼らの未来も閉ざされるからだ。

　推測は確信へ変わった。人目のつかない屋敷の裏にある小高い丘の上に、ふたつの墓があったのだ。十字は立てられているものの、木の杭のようだった。

　これがもしプリムローズの両親のものならば、上流階級の人間のものとは思えないほどみすぼらしいものだった。

　墓の前で十字を切ると、ジェームスは地に足をつき、十字架でその墓を掘り始めた。彼はそんな自分に、ついに気がふれたのかと思った。だが恐ろしいほどの好奇心が彼の手を止めようとはさせなかった。

　まず父親のほうを掘り起こした。背後から鈍器のようなもので殴られたのか後頭部が陥没している。殺されたのは間違いなかった。

　母親も変死していた。こちらは胸に大きな刺し傷があり、死に至らしめるには十分な傷だった。

　ここまでくると容易に事件を想像できた。

　リチャードとプリムローズ。若い二人は恋に落ちたが身分違いで両親に認めてはもらえなかった。口論になった挙句に両親を殺害。父親の傷は女性では無理なのでおそらくリチャードの仕業であろう。

　両親の死が明るみになれば、ホイックリー家から追放され、二人は一緒にいられなくなる。それを恐れ、口封じをするために召使たちを幽閉してそのまま殺した。

　ジェームスがそこまで整理をしたとき、ふと背後に人の気配がした。反射的に振り返ると彼は思わず息をのんだ。

　プリムローズがたたずんでいたのだ。白いネグリジェを着て裸足のままだ。やはり様子がおかしい。

　だが月明かりの下に突然現れた彼女はまるでアルテミスのように美しかった。

　墓荒らしの現場を目撃されてしまった。ジェームスは内心狼狽したが平然を装った。

　このような状況に似つかわしくない笑顔でプリムローズはジェームスを見つめている。そのアクアマリンの瞳に吸い込まれるように、ジェームスは立ち上がり歩み寄った。

　不気味な男が近づいても彼女は表情を変えることはない。ジェームスが不審に思い眉をひそめると、急にプリムローズは笑い出した。

「あなたはひばり？ 月夜に空が飛べるなんて、なんてうらやましいのかしら」

　笑いながら踊りだす姿に、ジェームスは彼女が狂ってしまっていることにようやく気がついた。無残な両親の死を目撃してこうなってしまったのか。そう思うといきなり手をかけるのに躊躇してしまった。

「私はひばりなどではない。どこに翼がある」

「見えますわ。私を自由に解き放してくれる真っ赤な翼が」

 その言葉にジェームスは思わず嘲笑した。

「君は聡明だ。そうだとも。私に翼があるとすれば、人を死にまねく血の色をしているに違いない」

　物騒なことを言ってもプリムローズの表情は少しも変わらない。

　この可愛そうな美しい人形を殺めることができたらどんなに気分がいいだろう。

　殺し屋の悪戯心に火がついた。

「私の翼で自由に空を飛びたいかい。あの美しい花畑ならきっと空からの眺めもいいだろう」

　その申し出にプリムローズは微笑んでうなずいた。

　ジェームスは荒らした墓をそのままに、女神の手を取って月明かりの中花畑に向かって歩き出した。着いたら自分の最期が待っていることなど知る由もないプリムローズは軽やかに歩を進める。

　花畑に着くとプリムローズは走り出し、花を摘んで花冠を作り始めた。

　ジェームスはしばらくそれを見守って、まるで芸術品でも見るようにプリムローズの姿を堪能した。

　やがて花冠が出来上がると、プリムローズはネグリジェを翻しながら踊り始めた。

　そこは彼女だけの楽園のように思われた。月夜に星たちが瞬き、一面の花畑には人気もない。

　舞台はそろった。殺し屋の欲望が最高潮に高まる。

「君の待ち望んだ翼を上げよう」

　ジェームスはプリムローズの腕をとり、そのまま押し倒した。

　だがプリムローズは微笑んだままだ。まるで遊んでもらっているかのように楽し気な表情を浮かべている。細い首に手を持っていっても表情は変わらない。自分が今どういう状況にいるのか分かっていないようだった。

　ジェームスはこの人形のような顔が歪むのを見たかった。まだ獲物をしとめていない不満が彼の中でうごめいた。

「君は死にたいのか」

　不満げにつぶやくとプリムローズはまた笑った。

「いいえ。私はただお空を飛びたいだけ」

　ジェームスは苛立ち、プリムローズの首を絞めて持ち上げた。やがてプリムローズは苦しそうに呼吸しだした。

「私は君を殺しに来た。いや、君とリチャードを殺しにわざわざやってきた」

　リチャードの名前が出た途端、プリムローズの顔が悲痛に歪んだ。まるで砂糖菓子のような柔らかい体が震えだした。

「そうだ。私の見たかったのはその顔だ」

　興奮してジェームスはうわずった声を出した。さらに首を高く持ち上げると、微かに震える花びらのような唇に口づけをした。鼻をくすぐるような花畑の甘い香りが再度口づけを誘う。プリムローズの両腕は抵抗することなくだらりと地に落ちた。

　むせかえるような花の香りの中、ジェームスは快楽の世界に沈んでいった。

　月夜が更けていく。刻一刻と時を狂わせながら。