エピローグ

 

 暗く澱んだ世界から青年は目を覚ました。

 透明感のある美しい声で夜啼鳥が啼いている。そのトリルのような深い音色が心に染みわたり、彼はいつの間にか涙を流していた。

 一羽の鳥になぜこんなにも気持ちが揺れ動かされるのか、その訳は分からなかった。

 辺りが光に溢れていることを知ると、青年は夢うつつに立ち上がり、東向きの大きな窓を開けた。

 朝日が高く澄んだ青空をどこまでも輝かせていた。見上げると自由に飛び回る小鳥たち。

 涼しく新鮮な風が頬をくすぐった。その心地よさに彼はこの朝の訪れに感謝をしていた。

 だが冷気で体が冷える頃、青年ははっと我にかえった。

 僕はなぜ生きているのだろう。

 見回すと部屋の中は綺麗に整理されている。今、当たり前のようにベッドから起き上がったが、自分は椅子にもたれかかるようにして死んだはずだった。

 突然ドアをノックする音がした。返事をしていないのにドアが開く。

 その音に肩を震わせて緊張感を高めると、一人の男が入ってきた。

「ガーソン様。お目覚めになったのですね。良かったです」

 その男の物腰の柔らかさに、ガーソンは少しほっとして相手を見た。

 入ってきたのは落ち着いた印象の初老の男性だった。軽装ながらしっかりとジャケットを着こなし品を感じさせた。

「私はアルセイド様からあなた様の見守り役を仰せつかっていた者です。万が一のことがあった時のためにずっとついておりました」

「僕のことを見てくれていたんですか」

「はい。ガーソン様の仕事を見守り、ジェームスのとどめを刺すよう申しつけられていました」

「すみません。おっしゃっていることがよくわかりません。第一、僕はなぜ今生きているのでしょうか」

 ガーソンは困惑して相手の顔を見た。起きたばかりということもあり、思考がついていかない。

「それはおそらく、ジェームスがガーソン様に使った毒が、アルセイド様から渡された毒だったからでしょう。実はその毒は体の自由を奪い、一時的に眠らせるためのものだったのです。アルセイド様は万が一あなた様が誤ってその毒を飲まされることになってもいいようにされたのです。本来であれば、ガーソン様が毒で動けなくしたジェームスを、私が始末する予定でした」

「それなら、アルセイド様ははじめから僕にジェームスさんを殺させる気などなかったのですね」

「そうです。試練を出したものの、アルセイド様はガーソン様を汚したくはなかったのでしょう。それほどにガーソン様はアルセイド様に愛されていたのです」

 ガーソンはアルセイドと別れた時に抱き合ったぬくもりを思い出していた。

 失敗をしたらアルセイドに殺されるとジェームスに言われたとき、ガーソンは恐らくそうだろうと疑わなかった。

 簡単に人を殺す依頼をする人間なら、自分の命など紙よりも軽く扱われるだろうと思っていたのだ。

「すみません。僕はアルセイド様を信じることができていなかったです。早くお会いして謝罪したい」

 その言葉に使用人は顔色を悪くした。

「ガーソン様・・実はアルセイド様はお亡くなりになりました」

 信じがたい言葉にガーソンは目を見開いた。

「まさか。なぜですか」

「おそらくジェームスの報復でしょう。殺し屋と思われる人物に狙撃されたのです」

「そんな。それではもう、二度と会えないのですか。僕はまだ一度も『お父様』とお呼びできていないのに」

 ガーソンはショックで惜しげもなくぽろぽろと涙をこぼした。

「みんな、死んでしまった。誰一人として死んでもいい人なんていなかったのに。ジェームスさんももういないんですか」

「はい。傷を負った後、崖から身を投げたようでした。でも死に顔は穏やかでしたよ。微笑んでいるようでした」

「そうでしたか」

 ガーソンはそれ以上言葉が見つからなかった。果たしてジェームスは幸せになれたのだろうか。安らかな死に顔だったということだけが、せめてもの救いだった。

「僕はまた独りです。もうどこにも行く当てがありません」

「いいえ」

 寂しそうに言うガーソンに使用人は答えた。

「アルセイド様はすでにガーソン様を正式に養子にいれています。だから私がここにいるのです。あなた様はホイックリー家の唯一の生き残り。私の君主でいらっしゃいます」

 ガーソンは驚いて使用人を見た。

「さぁ、ガーソン様。私共の屋敷に帰りましょう。アルセイド様の墓前に早くお参りくださいませ」

 使用人は穏やかにそう言うと、屋敷の外にガーソンを導いた。

 ガーソンはまだ夢の中で不安に揺れているようだった。

 晴れ渡る空の下、一本の道がはるか遠くまで続いているのが見える。この先には一体なにがあるのだろう。

 夜啼鳥が飛び立った。

 空を自由にはばたくのを見た時、ガーソンの中に静かに勇気が湧いてくるのを感じた。

 そうだ。僕は生きなければならない。一度死んだのだから、きっとなんでも乗り越えられるはずだ。

 ガーソン・ホイックリーは歩き出した。優しい春の風が辺りを包み込んでいた。

 

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