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jean1949paul

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2021年04月27日 08:00

(上)の抜粋。その42。「国境なき医師団」

 彼は七歳下。医学部の六年生。もう直ぐ国家試験。バスク語は語順が日本語とほぼ同じ。親しみ易い。目下の共通語は互いの片言の英語。

「のぞみはどうしてスペインに来たのか」

 アジェールからいきなり尋ねられた。

「世界の広さを知りたくなった」

 彼は怪訝そうな表情。

「それだとスペインでなくても」

「日本を飛び出してみたいと思っていたときに友人のアドバイスでスペインに決めた」

「どんなアドバイス」

「ヨーロッパが好きならスペイン」

「ヨーロッパが好きならスペインとは分かり難い」

「私にもまだ分からない。そのうち分かると思っている」

 

 アジェールは日本への留学を希望している。それで日本語を猛勉強。舌を巻くほど日本語の習得にスピード感がある。彼は日本についての質問を間違いだらけの日本語で次々と浴びせる。それでも何を知りたいのか、大意は伝わってくる。わたしは質問への答えを優先。

 アジェールのひらがなノートは可愛い。小学一年生の手習い用だった。わたしがページを捲ると「ダメダメ。見ちゃダメ」と言って必死に奪い取ろうとした。それでも強引に開くと懸命な練習の後が刻まれていた。彼の本気度に痛く感心。    

「日本人は何処から来たのか…」

「東から太平洋を渡ってきた人達はいない。北からは陸続きになった氷河時代に。西と南からは海を渡ってきた人達。それらの人達の結合と融合が今の日本人」

「何処から来たのか、分からないバスク人。分からないけれど、バスク人は此処に居る」                          

 彼は遠くを見つめるようにして言った。  

「日本は島国だから日本人は単一民族だと思っていた。マイノリティは居るのか…」

「居る。アイヌ」

「差別されているのか…」

「差別されていると思う。私はその実態が分らない。アイヌの祖先は大多数の日本人と同じ縄文人。この事実を日本人の多くが知らない」 

「日本は仏教の国。日曜日にお寺に行くのか…」

「行かない。ほとんどの人は年に一度だけ。お盆の先祖供養の墓参り。日本でのお葬式は仏教様式が一般的。仏教は日本人の生活を支配していないので戒律がない。ここがカトリックとの違いかな」

「のぞみはスペインに来て今何を思っている」 

「スペインと日本の繋がりを知りたい」

「フランシスコザビエルはバスク人。知っていたか。スペイン人だと思っていただろう…」

「えっ。ウソ~」

「バスク人は山の民。だから海の向こうに憧れた」

 

    わたしはアジェールに『旅の途中』を示して「ここに一〇回連載する。スペインの音楽と踊りに接した喜びを書きたい」と告げた。彼は事態をよく飲み込めていない様子。「ふ~ん」と云った感じ。見たことも聞いたこともない『旅の途中』は彼には単なる街角のフリーペーパーにしか映らなかったのかも。

 期待した「頑張って。応援するから」は外れ。わたしはこのもどかしさを結構、気に入っている。語学レッスンでも、互いが伝えたくとも、なかなか伝わらない。伝わらない時には絵を描く。これが有効な時が多い。そうした繰り返し。もどかしさは互いに心を解きほぐし近づける。日本語では親愛が深まると言うに違いない。

  わたしは作戦を変えた。

「バスクの人たちの音楽と踊りを知りたい。知らないので助けて」

 アジェールが反応した。

「分った。どうするか考える」

 ヤッタ。作戦成功。

「僕にも日本の歌と踊りを教えて欲しい」

 成功したけれどオマケがあった。それはかなりの難題だった。でも頑張らなくては。

「それではわたしが日本の歌と踊りを着物を着て…」

 これには驚くほどのリアクション。

「のぞみが日本の歌を唄い、着物で踊る。楽しみ。楽しみ。その時は何時、何時…」

「少し待って。わたしは着物を持っていない。母から送ってもらってお稽古しないと。一〇年以上も踊っていない。だから少し待って」

「OK。日本の民族衣装はキモノか…」

「そう」

「ウェブサイトで観たことがある。確かハナガサ音頭だった。『ハナガサ・ハナガサ』と大勢の女の人が声を合わせ、楽しそうに藁の帽子と一緒に踊っていた」

「ハナガサは山形県の夏祭り。山形は雪が多く冬が長い。毎年八月上旬に豊かな収穫を祈って爆発する。私の踊りは伝統的な日本舞踊。かなり違っている。バスクの人たちが爆発するのは何時…」

「牛追い祭り」

「日本のテレビで観た。牛追いと言われているけれど牛に追われている感じ。角でえぐられたり踏みつけられたりしたら怪我するね」

「怪我も恐れない。男の祭りなんだ。勇者は死を恐れない。突進してくる牛に手で触れると幸運がもたらされるんだ」                                     

「女の人はどうしているの」

「祈っている」

「何を」

「大切な人が無事に牛に触れるように」

「死んでしまう人もいるかも…」

「運が悪いと時々、死ぬ」

「大変なお祭りだね」

「日本にも命を賭けてしまう祭りはないのか。勇者の証しとして死をも恐れない祭りが」

「…う~ん…。ある。あるよ。長野県の諏訪大社。七年に一度の御柱祭の木落し。境内の建て替える巨木を山から運ぶ。巨木を坂から滑り落とす時、氏子が先を争って巨木の上に跨り、一緒に下る。大半の人は途中で振り落とされる。下敷きになった時には命を落とす人も出る。それでも誰も止めようとしない。諏訪大社に祭られている神様を守っている氏子の勇気を示す一大行事。でもね。男の祭りは女としては面白くない」

「そう言うなよ。女の勇者は男の心に潜んでいるんだ。イサマシイだけが勇者ではない」

 

 スペインにも国民の祝日がある。年間一〇日。その他に州によってローカルホリディが設けられ日数が異なる。これも日本との違い。サンタンデールの今年の祝日は一六日。一〇月十二日はイスパニア・ディ。呼び名の通り国民の祝日。マドリッドでは国威発揚の軍事パレードも。今年は月曜日。それで三連休。

「バスク人の音楽と踊りは村に戻るのが一番。イスパニア・ディは村のお祭り」。アジェールが「一緒に村に行こう」とわたしの望みを叶えてくれた。思ったよりも早くバスクの人たちの音楽と踊りに触れられるのは嬉しい。嬉しくとも週末に休暇願いを出すのは心苦しい。週末はどの旅行代理店でも掻き入れ時。ガイドも足りなくなりテンテコ舞いになるほどの忙しさ。

    折角のこのチャンス。支社長にお願いするしかない。この機を逃すと、村のお祭りは来年までお預け。とうてい連載には間に合わない。我儘を言うのは気が引ける。不得意。それでも勇気を振り絞って立ち向かうしかない。休暇願いに支社長は困惑。当然。するとフローリカが「のぞみの分も頑張るから行ってらっしゃい」と助け舟を出してくれた。中村君も異口同音。これを聞いた支社長は不足するガイドを自ら務めると言い出した。

    感謝感激。涙ぐんでしまった。

「一〇月十二日はコロンブスの新大陸発見の日。一四九二年。スペイン人の多くは建国記念日と思っている。スペインが覇権を握った栄光の過去はこの日から始まったと。それで建国の日と錯覚。本当の建国はレコンキスタが勝利した日なんだ」

「それは分る」

「でもね。スペイン人の錯覚も無理ないんだ。イスラムの最後の砦グラナダのアルハンブラ城砦が墜ちたのも一四九二年。その正確な日付は分らない。それでハッキリしている新大陸発見の日を重視。そうしている間にレコンキスタ勝利の日が霞んでしまった」  

 ハビエル村は遠い。サンタンデールからは約二〇〇キロの東南に位置する。列車とバスの乗り継ぎは不便。アジェールがレンタカーを借りてくれた。運転はもちろんアジェール。おおよそ四時間の道中。わたしはアジェールにバスク人の音楽と踊りの特徴を尋ねた。                                                 

 彼は答えなかった。

「自分の眼と耳、肌で感じないと分らない」

 彼の言う通り。余計な先入観念は出会った時の衝撃力を弱めてしまう。

「アジェールはどんなお医者さんになりたいの」

「どんな病気でも治せる医者」

「それって専門を決めないってこと…」

「どんな病気でも病名を特定できる医者。特定できれば治療可能」

「それって日本では総合診療医と呼ばれている」

「医者の卵は人間の身体のすべてを勉強させられる。その時に思った。人間の病気は立派な設備がなくとも特定できるに違いない。問診を磨いた時には可能だと思った。遠い道のりだけどね」

「すご~い」

「来月は国家試験。合格したら何処かの病院に配属されて研修。『Siboney』のバイトができなくなる」

「寂しくなるね」

「日本に素晴らしい先生が居るんだ。その先生の下で猛勉強して早く一人前になりたい」

「一人前になったらスペインに戻るの」

「『国境なき医師団』に加わりたいんだ。設備が貧しく薬も充分でなくとも沢山の子供の命を救いたい」

 

「ナベーラ州に入った」とアジェールが知らせてくれた。気づくと草原の土が赤褐色から黒に変わっていた。車は緩やかな斜面を上っている。正面の遠くにはピレネー山脈の頂が青く霞んでいる。 

  バスクの人達が暮らす処に近づいている。

「森を三つ抜けたらハビエル村。着いたらハビエル城を案内する」

 アジェールの実家はザビエルの生家から三キロほど東の山側に在った。険しい地形ではなかった。起伏の多い丘陵でお爺さんが羊の放牧を続けている。

「これがバスクの原風景」とアジェールが言った。

 ハビエル村の中心部に入った。道路沿いに建ち並ぶ家々の屋根は縄文人が好んで用いる赤茶のベンガラ色。壁は白。日本ならば漆喰。外観の統一には必ず深い意味があるに違いないと思った。けれどもわたしは『国境なき医師団』に気押されて尋ねられなかった。 

 アジェールが車を実家の敷地に停めると玄関のドアが開いた。

 次から次と人が出てくる。

 総勢二〇人は下らない。全員、到着を待ち侘びていた様子。

 彼は一族の期待を背負った希望に違いない。

 お母さんが走り寄り彼を強く抱きしめた。

 アジェールは二年間、帰っていなかった。  

 …国家試験に合格するまで戻らない…

 突然の帰省に親戚一同、そして近所の人までも集まった。お父さんが、彼を抱え、背中をポンポンと叩いた。お爺さんも、少し背中が曲がりかけたお婆さんも、相好を崩していた。わたしはこの大歓迎から取り残されポツンと佇んでいた。見かねたのか、弟と名乗り出た日本では中学一年生ほどの男子が「家の中に入って」と声をかけてくれた。

 これには救われた。暖炉が据えられた居間は三〇畳ほど。暖炉の横には焦茶色のアップライトピアノが置かれていた。今日は特別な日。テーブルの周りに椅子が沢山、並べられ部屋が手狭に感じた。

「冷え込んだ朝には暖炉に火を入れる。そんな朝は皆より一時間早く起きる。それが私の務めだから」と妹が胸を張った。     

 アジェールは長男だった。

    二年ぶりであっても熱烈過ぎるような出迎えが分った。    

「ようこそ。遠い国ジパングから」

 お父さんがわたしに近寄り右手を差し出した。わたしは満面の笑みで応えた。それからお母さんが「アジェールとよく来てくれました」。次には八〇歳になっても羊一〇〇頭を飼っている血色の良いお爺さんと、皺の深いお婆さんがわたしをハグ。

 情愛の深い挨拶が終わると、集まった一人ひとりをお父さんが紹介。アジェールが傍で通訳してくれる。数が多くて家族以外は覚えられない。お父さんはサンセバスチャンで精密機器の技師として働いていた。七年前交換技能研修生として川崎市に一年間滞在。      

「隣の娘さん。レイレ」とお父さん。

 一六歳だった。

 彼女はスカートの裾を少し開き、背筋を伸ばしたままチョコンと腰を落とした。その仕草は可愛らしくも色香に満ちている。

 伏し目がちだった彼女は着席すると眼をわたしに見開いた。

 その眼光は敵意そのものだった。     

    驚いた。驚いたけれどわたしはすべてが分った。           

 

 

 

 

 

 

 

(上)『ホタテと瓢箪』の抜粋。その41。「アジェール」(上)『ホタテと瓢箪』の抜粋。その43。「チェ・ゲバラ」
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