約10万人が暮らすクロントイ・スラムの成り立ちをご紹介します。

 

 この地区の名称「クロントイ」は「タコノキの運河」という意味で、チャオプラヤー川沿いに広がる湿地帯でした。1940年代以降の産業政策や急速な工業化を背景に、地方で干ばつや飢饉に遭い暮らせなくなった人たちが、現金収入を求めてバンコクに出稼ぎにきました。その人たちが当時のバンコク港(河川港、通称クロントイ港)で荷役の仕事等につき、港のまわりに広がる湿地帯(公の土地)を不法占拠して住み始め、拡大していったスラム地域です。

 

 当時は無秩序にバラックが並び、湿地の上に敷いた板きれの道が続いていました。そして住民たちは、強制撤去の脅威と闘ってきました。

 

 1985年に、国家住宅公社仲介の元、ランドシェアリング(土地分有)事業が実施され、港湾が使用する土地とスラム住民が住む土地を分けて70ライ地区が誕生しました。土地所有者と20年間の借地契約を結びましたが、2005年に契約が切れており、現在は年に一度更新している状況です。

 

 この他に上水道や路地の舗装が行われた地区、低所得者向けに建設された集合住宅の地区等があります。バンコク都庁は、1600㎡に15世帯以上の地区を「人口密集コミュニティ」と定義しており、クロントイ区には28か所あります。現在はこれらの地区を総称して「クロントイ・スラム」と呼び、約10万人の人々が暮らしています。近年では、カンボジアやミャンマーからの出稼ぎ労働者が増えてきています。

 

 地域が抱える問題として、不安定な居住、不衛生な住環境、子どもの教育や就職、麻薬等の問題があります。

 

 

約10万人が暮らすクロントイ・スラム。トタン屋根が広がる。2km先は繁華街スクンビット通り。

 

新着情報一覧へ