プロジェクト概要

日本の伝統的文化の継承を目指し、

今の時代に合ったホームページを制作します。

 

初めまして。私はNPO法人桶仕込み保存会代表のセーラ・マリ・カミングスと申します。1968年生まれのアメリカ人です。私は2002年、桝一市村酒造場取締役として「桶仕込み保存会」を立ち上げ、2008年、任意団体からNPO法人となり、現在も代表を務めております。

 

私は大学生の頃、交換留学生として来日し、日本の英語教師などの仕事を通して日本の文化に興味を持ち始めました。魅力的な文化やまちがたくさんあり、どんどん日本に惹かれる一方、たくさんの魅力的な人や文化が継承されていっていない現状に直面しました。今は特に桶職人の文化に注目しています。かつては酒屋、醤油屋、味噌屋、そしてまち全体を支えていたと言っても過言ではなかったのが、現在、大桶をつくる熟練の職人さんは全国にたったの一組しかいません。その桶屋さんも2020年に廃業を考えています。そんな桶職人、桶文化を継承していく活動に弾みをつけるために、ホームページを制作します。

 

しかしその制作費が不足しています。私は、私が好きになった日本の姿が消えてしまうのが嫌なんです。どうか皆さんのご協力頂けないでしょうか。

 

 

アメリカ生まれの私でも、言葉に出来ないような素晴らしさを感じます。

そして日本の文化に惹かれ、町おこし事業を行ってきました。

 

私は1968年アメリカ・ペンシルバニア州で生まれ、91年、関西外国語大学の交換留学生として初来日しました。大学卒業後、長野五輪に憧れ再来日。ご縁があり長野の造り酒屋で働き始めました。

 

私は酒屋に勤め始めたばかりのころ、お酒は木桶で造っているのだと思っていました。しかし、実際はホーロータンクが使われており50年もの間、木桶は使われていませんでした。そこに立ち入らないと魅力は感じづらいかもしれませんが、桶の職人さんが作り出す大桶には独特の雰囲気があります。これは日本の誇りあるとても大切な文化です。アメリカ生まれの私にもわかります。そして私は、この後継者がいない状態では本当に桶がなくなってしまうと思い、「桶仕込み保存会」を立ち上げNPO化しました。

 

(昔の酒屋の風景)

 

 

日本人が忘れかけている原風景が日本にはたくさんあります。

特に長野県の若穂「地上の天国」だと思いました。

 

現在は、長野市若穂保科農業を中心にコミュニケーションの場づくりを行っています。ここ若穂には、日本人が忘れかけている原風景がまだ残っています。ホタルやカエルが庭に集まってきたり、家の中を通り抜ける風と一緒にトンボが家の中に入ってきたり。自然と共に生きる暮らしは、日本家屋という建物そのものにも象徴的に表れています。私は、初めてこの家に来て満点の星空を見たときにとても感動して「地上の天国」だと思いました。

 

 

社会全体で文化を支える仕組みを作る。

そして、桶ソサエティで桶文化を継続させたい

 

NPO法人桶仕込み保存会は木桶(桶・樽)によって日本固有の発酵文化を発展させ、※桶ソサエティとして社会全体で協力して桶文化を支える体制をつくることを目的に設立しました。

 

会員もお酒、お味噌、お醤油、お酢、桶屋、消費者など広がりのある会へと成長し着実に目標に向けて進んでいます。

 

◯主な活動

・桶についての勉強会の開催

・世界に桶のネットワークをつくる

・桶屋と蔵元、蔵元と消費者をつなぐ

・桶仕込みの良さにつて科学的に追求

・桶に関する情報発信とPR

 

◯活動経歴

2000年 木桶仕込み酒復活

2002年 桶仕込み保存会を立ち上げる

2006年 「今さら桶を考える会」第2回を開催

2008年 NPO法人桶仕込み保存会となる
    「今さら桶を考える会」第2回を開催

2014年 桶の勉強会「桶熟」をスタート

2015年7月 議員会館にて木桶仕込み食品の試食・試飲会

 

※桶ソサエティ・・・誰か一人が支えるのではなく、桶屋、酒屋、醤油屋、味噌屋、桶仕込みの食品を食べる人、さらには林業家まで桶に関わる全ての人を巻き込み社会全体で支えていこうという考え方です。

 

(桶の底板をみんなで持ち上げた”桶の底力!”)

 

 

日本文化150年の循環の危機。

そして一世紀以上も使える大桶の凄さ。

 

かつて桶屋の木槌のたたく音が「コン、コン、コン」と日本中に聞こえていました。特に秋になり酒造りの準備が始まるころは喧しく聞こえたものでしたが、ミレニアム以上の年数をもつこの音が今、消えそうになっています。


以前、味噌屋を訪ねた時、「酒屋が桶を使わないと味噌屋、醤油屋は困るんだ。」と言われました。実は昔は酒屋で数十年使った桶を桶屋が綺麗に組み直して、味噌屋や醤油屋が100年以上使用するという循環がありました。

 

でもその循環の輪は、昭和30年代に酒屋が木桶を次々にホーロータンクに替えていくと、崩れ始めました。同時に地元の山の手入れしていた樵の仕事から桶の材料を準備することが消えました。それにより、かつての協力システムが崩れたので、今は桶職人が独自にすべての桶作りのプロセスを背負うようになっています。得意先を失った桶屋さんは、廃業に追い込まれ、大桶をつくれる職人は今では数えるほどです。現在桶による仕込みはもっとも多い醤油業界でさえ生産量の1%以下です。

 

(試飲会の時のお写真。)

 

〜桶の新たな動き〜

「桶を使っている酒屋は1軒しかありませんでした。

しかし今は55軒以上にまで増えました。」

 

団体設立当初は酒屋で桶仕込みをしているところは1軒だけでしたが、全国の酒蔵に「是非、木桶仕込み酒を復活してください」と声をかけ続け、今では55軒にまで増えました。また、2012年から小豆島のお醤油屋が桶屋に弟子入りをし、木桶を造り始めるなど新たな前向きな動きがあります。さらにそこで造られた桶が今年海を越えてミラノで展示されたり、2013年和食の世界遺産登録で酒、味噌、醤油、みりん、酢などの桶で仕込みをされる食品にも注目が集まるなど、世界に発信する機会が増えました。

 

(桶製作の様子)

 

これが最後のチャンス。時代に合わせたチャレンジ。

 

大桶をつくる熟練の職人さんは全国にたったの一組しかいません。その桶屋さんも2020年に廃業を考えています。せっかく桶で仕込む蔵元が増えても職人さんが育たなければ日本から桶が消えてしまいます。

 

桶仕込みの美味しさや、桶のある風景、桶にかける職人の情熱。これらを発信し、「桶仕込みの食品を食べてみたいと思う→蔵元が新たな桶を導入する→桶屋に仕事ができる→弟子をとることができる」という流れをつくりたいと考えています。

 

 

 

世界に発信するためには、Webサイトが必要不可欠。

 

そこで世界に発信する媒体としてしっかりとしたWebサイトを持つことが必要だと考えました。今もWebサイトはあるのですが、ここ数年は更新が止まっています。というのも、現在は専門家にしか更新ができないスタイルになっており、更新するのもプロに頼めばその都度お金が必要になるからです。なので、初心者でも更新できるスタイルにリニューアルし、よりタイムリーな情報発信を自分たちでできるようにしたいと考えています。また、桶文化継続のチャンスをより多く作るためにもバイリンガルの発信も必要になってきます。

 

NPO法人桶仕込み保存会では運営に関わる経費はなんとか会費で賄うことができるのですが、スタッフはボランティアで働いている状態で、ホームページを更新を依頼したり、リニューアルするほどの予算がありません。

そこで皆様のご支援を頂きたいと思っております。

 

桶仕込みの食品を食べた人たち(食べてうれしい!)

桶仕込みの商品を作った人たち(つくってうれしい!)

桶づくりに携わる人たち(つくってうれしい!)

林業に携わる人たち(育ててうれしい!)

 

Webサイトの活用でこれらの「うれしい!」の流れをより活性化し、本来の和食文化を継続していきたいです。ぜひ皆様のご協力をお願い致します。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆引換券について☆☆☆☆☆☆

 

 

・サンクスメール

 

・ホームページへのSpecial thanks記名

 

・木桶発酵商品(味噌、酢、醤油、酒など)の商品詰め合わせセット

 

・特別アイテム木桶(限定3個)

 

 


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