この90日間続けてきたプロジェクトも、あと3日となってしまいました。
まだ一部代理購入で反映できていないものもございますが、現状残り50%とかなり厳しい状況です。

それでもこの本出版にかける思いは何もかわりません。
出版社では絵と文章で綴っている形態なのですが、速報版として今回は写真にて活動の様子をレポートを綴ってみました。




9月15日、福島第一原子力発電所事故の影響で規制されていた国道6号線が全線通行可能となりました(自動車のみ)。これで100km以上の大幅な迂回を必要とされてきた福島県浜通り南部と北部が再び繋がったということで大いに意義があることです。
しかし国道の除染はかなり進んだとはいえ、先日の通行測定でも6μSv/hと通常の20倍〜30倍の空中放射線量があり立ち止まったり窓をあけることはできません。

じつは私はこの全線解除前にもこの国道6号線を何度か通過しています。

これは双葉町や浪江町での「公益目的での活動」を目的として許可を得て通ったときです。

「公益目的での活動」とは復興のために必要と認められる活動を実施するにあたり役場が活動団体に立入制限地区内への立入を認めるための申請で個人や単なる立入には許可がおりることはありません。

私の場合、代表を務めている「東日本大震災の記録実行委員会」としての被災地やその他地域での活動実績があるため許可を頂くことができています。

そのうち今回は一昨日立入した双葉町の状況をご紹介します。


双葉町へ立入する場合、まず浪江町の有人ゲートで事前に役場より発行された許可証を掲示し請戸地区へと立入ます。
続いて浪江町請戸と双葉町中野の境界にある施錠ゲートを自分で解錠していよいよ双葉町へと入ります。


今回の許可で立入できる双葉町の区域は避難解錠準備区域となっている箇所のみの申請です。
それでも福島第一原子力発電所の敷地まであと1kmの双葉海浜公園の駐車場付近まで立入ができました。


避難解除準備区域南端のこの場所で0.36μSv/h、西端の農協前付近でも0.55μSv/hと線量は予想よりずっと低い数値を示していて、通常の放射線量とほぼ変わらない線量だといえます。
原発南側でほぼ同距離の大熊町夫沢付近が30μSv/hと100倍ということからして、かなり線量が低い地区だとわかります。


この中野地区は大津波で被災した地域でもあります。
まるで平成23年3月11日のまま時間が止まってしまったかのような光景が続きます。



宮古市田老の大防潮堤の崩壊、陸前高田市の奇跡の一本松、気仙沼市の大型漁船共徳丸、南三陸の防災庁舎の悲劇、石巻市大川小学校の惨劇、そしてこの原発事故…東日本大震災で語り継がれるだろう悲話は数多く残ることでしょう。

しかし震災で甚大な被害を受けた地域はこれだけではありません。
甚大な被害を受けた青森県から千葉県までの沿岸部、帰宅困難区域として代々受け継いできた土地を放棄せざる得なくなった人々。

これら現地で描いた絵とともに、その場所でおきたこと、出会った人たちの話、そしてその土地の由来…

私の活動は単に絵を描くだけではありません。
それらの話をまとめ、より多くの人たちに知ってもらうために、全国各地で展示会を開催し、多くの方にこの集めた話を知ってもらいたい…そう思い活動をしています。

そしてこれらの話をより多くの方に知ってもらいたい、後世へ残していきたい。

そのためには、この本の出版は絶対に必要なものだ。
そう思っているのです。

※現在まで編纂済みの原稿となります。是非ご覧ください。
http://eco.dee.cc/earthquake/book.pdf
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