その後、大学の長期休みを利用してフィリピンを3度訪れました。

 

ドゥマゲッティという地方にある視覚障害児学級を訪れた時、まるで保育所のような雰囲気に愕然としたのです。5歳から14歳までの視力も学力も異なる生徒に対して先生はたった一人で、点字の教科書もないので授業が成り立つわけもなく、子どもたちはただ歌を歌って、手遊びをして過ごしているのです。

 

先生は、子どもたちにテレビを見させておいて自分は廊下で他の先生と話していたり、子どもたちにおやつを買ってくると言って出掛けたっきり、1時間くらい帰ってこなかったりします。 先生も親も、子どもたちの能力や可能性を認めず、手間のかかる無力な存在として子どもたちに接します。誰も、視覚障害のある子どもたちを本気で教育しようとは思っていないようです。

 

弱視の子はそれでも一人で絵本を読んだりしていましたが、全盲の子どもたちは、一人で教室内を歩き回るなと言われ、壊すと困るから何にも触るなと言われ、誰かが声をかけたり物を与えたりするまで、ただじっと座っているだけなのです。 この子たちに能力がないのではなくて、何もできない存在に育てているのは周囲なのにと思えてなりません。邪魔者呼ばわりされている子どもたちと、高校生の時の自分の状況が重なります。

 

なぜ、どうして周囲は、やってもみないうちから、視覚障害児の可能性を否定し、努力する機会を奪おうとするのでしょう?

 

その夜から、寝ることも忘れて教材を準備しました。フェルトのコインを使って1桁の足し算・引き算を教え、点字を読む前に指で正しく線を辿る練習をするため、紙に毛糸を貼り付けて迷路を作りました。1週間たつころには年長の生徒たちは一桁の足し算・引き算を習得し、年少の子どもたちも新しいものに好奇心を示すようになっていきました。誰かが教え方を工夫し、個人のニーズに合った指導をしていれば、この子たちはそれぞれの能力を伸ばせるのにと歯がゆく思い、その体験からフィリピンにおける障害児教育に興味を持ち始めました。

 

(次回に続きます)

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