ちょうど159年前の安政6年(1859)10月2日、適塾出身の橋本左内は投獄され、同7日に処刑されました。いわゆる安政の大獄です。橋本は天保5年(1834)に越前藩藩医の子に生まれ、幼少の頃から学問に秀で、数え15にして『啓発録』を著します。その翌年の嘉永2年(1849)には適塾に入門し、夜は貧窮者に治療を施し実地医療の研鑽を積んだとの逸話が残っています。3年後に帰郷してからは藩主・松平慶永(春嶽)に才能を見出され、安政4年の将軍継嗣問題で一橋派の中心的役割を担います。橋本は一橋慶喜(のちの15代将軍・徳川慶喜)の下で幕政改革を行い、外国貿易を盛んにして富国強兵を目指す、開明的な開国論を唱えました。そのため対立する紀州派の大老・井伊直弼により弾圧を受け、26歳の若さで命を絶たれました。

ちなみに現在放送中のNHK大河ドラマ「西郷どん」では、橋本をジャニーズの風間俊介さんが演じました。登場初回は蘭方医としての施術シーンでした。

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