プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

 

宮城県登米市にある伊豆沼のほとりで「命の大切さ」「命をつなぐ食」「食を支える農」を体験できるファームをつくり、都市と農村の交流を活発にさせます。

 

皆さんはじめまして。伊豆沼農産の佐藤裕美です。

 

秋田県で生まれ、宮城県仙台市で育ち、その後上京。東京の広告代理店で数年間働いていました。しかし、学生時代から農村と、そこで育まれてきた営みに関心があり、5年前に農業の世界に飛び込みました。

 

そんな私が宮城に戻ってきた一番のきっかけ。それは東日本大震災です。

 

震災時、私は秋葉原の高層ビルにいました。

 

高層階から見える火災、所々から聞こえてくる悲鳴、

そしてテレビに映る故郷の惨状。

 

数日間続いた自宅待機。とにかく不安でした。

 

都内ではスーパーやコンビニでの食料品の買い占めが起き、多くの人から感じるいらだち、焦り、不安。その光景を見ていたとき、人間のもろさを感じ、自分自身も虚無感に襲われました。

 

その後、海外観光客は一気に減り、農産物の輸出も制限されました。都会のもろさは、「食」を他人任せにしてきたからなのではないか。もしかしたら近い将来、食べ物に苦しむ時代がくるのではないかと。

 

生きるための強さを持つ農村ではあれば、こんな事態にはならなかった。そして私は決心し、本格的に農業の世界に入ることを決めました。

 

そして私たちの今の夢、それは都市と農村をつなぐ食農体験ファームを伊豆沼に創ることです。

 

伊豆沼上空写真。素敵なところです。

 

「渡り鳥と蓮の聖地 伊豆沼に食農体験ファームをつくろう!」プロジェクト

 

伊豆沼農産」は宮城県登米市に位置しています。仙台から70km北東に位置する登米市は、県内でも有数の穀倉地帯で、宮城のお米「ササニシキ」「ひとめぼれ」の主産地として有名な地域です。

 

今回、食農体験ファームをつくろうとしている場所も、かつては、丘陵を利用した畜産。平坦地を利用した農産が行われ、「水の里」と呼ばれるほど水資源が豊かで漁業も盛んな地域でした。

 

夏の伊豆沼(はすまつり)

 

しかし、過疎化の農村を象徴するように5年間で人口が約8%減少し、農業就業者の高齢化や担い手不足、耕作放棄地の増加などの課題が深刻になっています。

 

現在、農・畜・水産いずれも経営的に厳しい状況にあるのです。

 

また、ラムサール条約登録湿地の伊豆沼・内沼など豊かな自然環境を有しているものの、湖沼を訪れる観察者・観光客と地元住民との交流はほとんどなく、地域資源が活かされていない現状です。

 

そのためピーク時には約10万人あった伊豆沼周辺を訪れる観光客も、現在は3万人にも満たない状況にあるのです。

 

子どもたちと食農体験をしている時の写真。

 

この問題を解決するために食農体験ファームを通して生産者と消費者、都市と農村との距離をうめていきたいと考えています。

 

耕すのはお前、食べるのは私という構図ではなく、一緒に耕したり、一緒に食べたり、一緒に不安や期待を話したり。そんなふうに都会と農村に住む人の距離が縮まれば、互いが支え合う関係だと気づけると思うんです。

 

この課題を解決するために、「命の大切さ」「命をつなぐ食」「食を支える農」を体験できるファームをつくりたいのです。

 

食農体験ファーム予定地。

 

食農体験ファーム簡易イメージ図。

 

しかし、ファームをつくろうとしている場所は作物が育ちにくい荒地。

いまここを整備していくための費用が不足しています。

 

ファームが完成したら、食農体験や環境教育プログラム(田んぼや畑での農作物の収穫・豚やヤギの飼育、伊豆沼に生息する鳥や魚の生態観察など)の企画・運営をしていく予定です。

 

運営にあたっては、地域の歴史、昔ながらの農作業を教えることができる地域の高齢者を。また、食文化をつないできたお母さんたちを講師として雇う予定です。

 

ファームでの体験を通して、地域の子供たちには、自分たちが住む地域の魅力や都市部で果たしている役割を。都市部に住む方々には、自分たちの食生活が農村やそこに住む人たちによって支えられていることへの気づきを得る機会を創り続けていこうと考えています。

 

この取り組みがビジネスモデルとなったら、その手順をマニュアル化し、ノウハウを他地域にも公開しします。その結果、それぞれの地域で食と農の産業が展開されるようになれば、これほど楽しいことはないと思っています。

 

今回のプロジェクトはそのためのはじめの一歩です。どうか皆様のご支援をお願い致します。

 

 


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