プロジェクト概要

霧とシャボン玉による空間アートを大阪市内の急性期病院で開催したい!

 

はじめまして、ハナムラチカヒロと申します。文化、芸術、芸能によって、持続的及び社会的な新しい価値の創造と共有を図る活動に取り組んでいます。このたび、不安な気持ちで何週間も病棟の中で過ごさなければならない入院患者に向け、一瞬でも病の不安を忘れる事のできるような風景を、霧とシャボン玉で出現させる空間アート『霧はれて光きたる春』を開催します。2010年に大阪市立大学附属病院で、2012年に大阪赤十字病院で展開されたこのプロジェクトを、2014年3月に大阪市内の急性期病院で開催しようと計画しています。

 

しかし、その実現に必要な音響・照明・特殊技術機材のための費用がまだ足りません。皆様にご支援いただけないでしょうか。

 

(開催時、状況に合わせて各セクションに指示を出す様子)

 

2014年3月に霧とシャボン玉による空間アート『霧はれて光きたる春』を大阪市内の急性期病院で開催したい!

 

『霧はれて光きたる春』は、入院病棟の吹き抜け空間で行う空間アートです。吹き抜け空間の底から濃い霧を立ち上げ、そのあと空からシャボン玉が降り注ぐことで光が訪れるという風景を生み出します。吹き抜けの四方には窓があるのですが、吹き抜け空間を徐々に満たしていく霧によって反対側の人々の顔が見えなくなります。そしてその霧が次第に晴れて来る中、音とともに空から無数のシャボン玉が舞い降りてきて、光に囲まれる体験が起こります。それは闘病生活の不安を通り抜け、病に打ち克った後の希望や未来を表現しています。

 

(吹き抜け空間の底から濃い霧が立ち上がる)

 

これまでに800人を超す入院患者が居る病院でこの取り組みを行いましたが、いずれもこの出来事を見た院内の人々は医師や看護師や患者という立場を一度忘れて空を見上げ、降り注ぐ光を眺める姿が見られました。寝たきりの患者のベッドを窓辺に出して一緒に空を見上げる看護師、ずらりと並んでじっと見ている医師たち、毎日やってきては空を眺める点滴をさした患者。見舞いに来た子供たちは空を見上げて目を輝かせ、車いすのおばあさんは涙ぐんでいました。毎回この取り組みでこうした人々の姿を見る度に、私自身いつも胸を打たれます。自ら起こした出来事ですが、この風景に対して私自身も何も特別な立場ではなく、院内の人々と一緒に空を見上げる一人の“わたし”としてただ向き合う時間が流れているのです。

 

今回は、大阪市内の急性期病院の入院病棟吹き抜け空間で開催するための、音響・照明・特殊技術機材の手配と設営が必要です。皆様のご協力をいただけないでしょうか。

 

(吹き抜け空間に生まれた非日常的風景を見つめる看護師と子供)

 

(開催時の映像)

 

プロジェクトを始めた経緯

 

病院は美術館や劇場といったいわゆる“芸術の場”でなく、身体に問題を抱える人がやってくる場所です。しかしそうした患者の心の不安に対してアートが何か果たせる役割があるのではないかと考え、2007年から病院での芸術活動を続けてきました。

 

ご縁あって大阪市立大学医学部付属病院で、小児科病棟の待ち合いの壁に海と空と大地を描き、そこに子どもたちがタングラムという図形パズルで絵を描いていく『タングラムスケープ』という作品や、入院患者が気晴らしにやってくる院内の空中庭園に500個の風船を浮かべ、その一つ一つに看護師さんたちから集めたメッセージを記し、言葉と風を病室に持ち帰ることができる『メッセージ・オブ・ウィンド』という作品をつくりました。


(『タングラムスケープ』2007年〜2008年)

 

(『メッセージ・オブ・ウィンド』2008年〜2009年)
 

今回行おうとしている取り組みは2010年から入院病棟の吹き抜け空間で行っているもので、患者だけでなく医師や看護師、職員の方々など院内で過ごす全ての人々を対象にしています。大きな病院の入院病棟の中には、大きな吹き抜け空間を持った場所があります。この吹き抜け空間は、もともとは建物へ光を取り入れるための開口部としてつくられたものです。しかし全ての階が繋がっている唯一の場所なので、ここで何かが起これば院内の全ての人々がその出来事を共有することが出来ます。私はここで、全員が目撃して共有することの出来る圧倒的な出来事が必要だと感じました。

 

その出来事が起こっている時間は、自分が今置かれている状況や立場や役割を忘れて、それぞれが一人の“わたし”として誰かとコミュニケーションする事が出来るようになるのではないかと考えたからです。そう考えてこの取り組みを続けています。2010年には市大病院の入院病棟吹き抜け空間で行い、2012年には大阪赤十字病院の入院病棟吹き抜け空間で行いました。

 

(2010年に開催した時の様子)

 

患者と医療従事者が「役割」の仮面を脱ぎ捨てられる時間をつくりたい!


病院は命と向き合う場所です。現代社会の中では多くの人は病院で生まれて病院で死にます。そして病院は命が脅かされた時に行くような場所なのだと思います。そんな病院だからこそ、訪れる人々や働く人々の“心の状態”がとても大切なのではないかと感じています。人は与えられた役割や置かれている立場に自分をあわせながらうまく社会で生きています。しかし病院に来た人々には「患者」という役割が与えられるのです。社会的な自分を一度据え置いて、自分の体の治療という目的に向かって患者としての役割を演じて過ごさねばならないのが病院です。そしてそれは患者だけではなく、医師や看護師も同じで、それぞれ与えられた役割を果たしながら身体の治療を行うのです。しかしそうやって治療に向けた役割が強く意識させられる病院だからこそ、役割を外して交わされるコミュニケーションというのはとても得難い貴重な時間なのだと思います。

 

患者として孤独でつらい入院生活を送らねばならないことや、医療従事者として日々厳しい現状と向き合わねばならない中だからこそ、それをひとときだけ忘れて役割の仮面を脱ぎ捨てる時間。全員が仮面を外した“わたし”として何かの大きな出来事を共にして笑ったり、泣いたり、話したりする体験を持つ事は、きっと闘病生活や院内業務にとって何かの意味をもたらすはずだと信じています。病から癒えるいうことは、決して身体を治療する事だけを指すのではないのだと思います。

 

(病院で患者と医療従事者が"わたし"になれる時間を)

 

芸術が医療行為の一環となる社会を目指します!

24時間営業している病院は多くの公共空間の中でも制約が最も厳しい場所の一つであり、なおかつ命の意味を最も考えさせられる場所の一つです。美術館や劇場という場所と比べて、より条件の厳しい場所である病院でこのような大掛かりなアートを行う事はとても困難です。

 

過去二回、他の病院で行った時にも、とても難しい問題をたくさん解決せねばならず、何度も心が折れそうになりました。一番大きな問題である予算の確保、人の命に直結する設備や安全確保の問題、たくさんの人々との間での連絡調整の問題。このような大勢の人々のつながりを生み出すようなアートは通常でも大変な取り組みですが、常時営業している病院の中で行うということは容易ではなく、この規模で行われる取り組みは世界を見てもあまり例がありません。

 

(この風景をたくさんの人たちのご協力によってつくりたい!)

 

しかし困難な状況があり誰も取り組まない現状があるからこそ、そして病院でそんな風景が見られると想像もしない人たちが居るからこそ、その可能性について芸術の力から手を差し伸べることを考えてみたいと思っています。これまで2回は行政の資金で取り組みました。でもこうした取り組みの可能性を、次の3回目は皆さんと一緒に考えてみたいと考え、ここで呼びかけています。

 

皆さんの想いが積み重なることで成功することが出来れば、将来的にこうした取り組みが一部の芸術家の“芸術の力”などと取り立てて言われるのではなく、“医療行為の一環”として当たり前に取り組まれるような社会に繋がって行くのではないかと。そんなことを願っています。

(多くの困難を乗り越えて実現にこぎつけたスタッフたち)

 

引換券について
 

・お礼の特製ポストカード
・開催当日の会場へお名前クレジット掲載
・記録映画へお名前クレジット掲載
・記録映画DVDを進呈
・大阪市内で5月に開催予定の実施報告会(記録映画の上映会&トーク)へご招待
・出張実施報告会(記録映画の上映会&トーク)の開催(ご希望の場所に伺います。ただし、別途2名分の交通費、及び宿泊が必要な場合は2名分の宿泊費をご負担願います)

【皆様へお願い】
この作品は病院内で開催されるものであり、患者とその家族や見舞い客、医療従事者以外の方の鑑賞はできません。またこの作品に関する病院へのお問い合わせも一切お断りいたします。ご了承願います。


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