まりこさんと初めて出会ったのが、2006年12月。

 

翌07年に入り、お父さんの足取りを探し始めるまで、恥ずかしながら私は「太平洋戦争」と「ベトナム」がつながりませんでした。あまりに歴史を知らなさ過ぎたのです。

 

しかし、探し始めると、どんどんベトナム・サイゴン(現ホーチミン市)に駐留していた日本軍のことが見えてきました。

 

太平洋戦争時代のサイゴンの写真(防衛研究所図書館で入手)

 

当時のサイゴンは、フィリピンやマレー半島、ビルマなどに進軍していく拠点であり、戦争が暗転していく中で引き揚げていく日本軍の拠点のひとつであったことがわかりました。

 

その後、東京目黒の防衛研究所図書館で1週間程度かけて資料を閲覧し、資料にあった東京都北区住まれていた某方にアポを取り、お会いする機会に恵まれました。07年のことでした。

 

防衛研究所図書館で入手した一部の資料

 

その方は、戦時中サイゴンに駐留し、軍訓練所で訓練をしていました。

 

多くの師団が行き来する拠点となったサイゴン。しかし、訓練生であった彼は、あまり外出が許されず、目抜き通りにあったとされるまりこさんの父親のお店の存在を知りませんでした。

 

07年に東京都北区在住の某方からいただいた当時の地図とアドバイスの手紙

 

しかし、その後、その方から当時の貴重な地図が入った手紙が届きました。赤茶け、つなぎ合わせられた地図には様々な想いが詰まっていました。

 

その方はサイゴンでの訓練を振り返り、涙ながらに話されました。

 

この夏、終戦から73年を迎えます。

まりこさんの来日を一日でも早く実現させたいと思います。

 

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