プロジェクト概要

 

 

 

黄門さまや幕末の志士が愛した「水戸桜川」を復元しよう!

 

ページをご覧いただきありがとうございます。水戸桜川千本桜プロジェクト代表の稲葉寿郎と申します。

 

茨城県の水戸には、水戸黄門の徳川光圀公が愛した「水戸桜川」というものが、かつてありました。失われた徳川光圀公ゆかりの歴史的な景観、水戸の桜川に、江戸時代に最も愛されたヤマザクラ中心の景色を取り戻したい。

 

そして、忘れ去られた水戸と桜の物語を少しでも多くの人々に語り継ぎ、未来へ引き継いでいきたいとの思いから、毎年少しずつではありますが、桜川沿いの各所や縁のある場所にヤマザクラの苗を植樹する、「水戸桜川千本桜プロジェクト」を震災の翌年2012年の10月にスタートしました。

 

この地にヤマザクラの植樹、そして記念碑を建て歴史を繋いでいきたいと思います。実行委員で資金を集めていますが、記念碑の設立資金の一部をクラウドファンディングで集めたいと思います。応援どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

水戸黄門が愛した、水戸の桜川

 

桜川は、水戸の中心部を西から東に向かって流れている、水戸の景観を形成する重要な川です。しかし、なぜ「桜川」と呼ばれるのかを知っている人は決して多くありません。

 

桜川の由来は、水戸黄門で知られている徳川光圀公にあります。光圀公の遺した和歌でもっとも多い題は「桜」。江戸の郊外にあった「高田の一本桜」に惚れ込みそこに隠居所を建設したり、美しい桜があると聞けば、雨中お供なしで遠路花見に出かけてしまうほどの「桜狂い」ぶりでした。

 

その桜への思いの集大成が水戸の「桜川」なのです。光圀公は元禄9年に現在の見川町から河和田町の一帯に、桜の名所である真壁郡の桜川から、ヤマザクラ数百本を移植し、川の名前を「佐久良川」と改めたのです。これが「桜川」の起源です。

 

桜川右岸(河和田町)にある大正時代の「桜川遺蹟碑」

 

 

忘れさられた桜川に植樹を

 

ところが現在、光圀公が植樹した場所に由来の山桜は全くありません。それどころか、人が容易に立ち入ることもできない放置された空間になり忘れ去られています。


そして現在、この地の宅地化が進み、最近まで残っていた雑木林が失われています。また、川沿いは未整備のままで、容易に人が立ち入ることもできません。


ここに何とかしてヤマザクラを植樹し、光圀公以来のヤマザクラの景観を復元しようと設立し6年。毎年少しずつではありますが、桜川沿いの各所や縁のある場所にヤマザクラの苗を植樹しています。

 

 

 

桜川の起源地であるということを石碑に刻み歴史を繋いでいきたい!

 

2017年の春、歴史の文献で「この場所が光圀公の設定した桜川」の左岸と断定できた場所に、100戸近い宅地が開発されるという情報が入ってきました。

 

大変驚き落胆したのですが、開発する会社の担当者さんが、私たちの活動を知り、話を聞きに来てくださいました。そして、開発される場所が光圀公由来の「桜川」の起源の場所であることに驚き、すぐに私たちの活動の意義について理解をしてくださいました。

 

何度も話し合いを重ねた結果、まちづくりのコンセプトに「桜」を打ち出してくださり、川を見渡す公園と宅地の中央部の集会所を構える公園の2か所に、光圀公にゆかりのヤマザクラとシダレザクラなどを植えることで合意いたしました。

 


そのうちの4本のヤマザクラは、私たちが「本家」である桜川磯部のヤマザクラの種を分けていただき、種から育てた「本家桜川」生まれ「水戸」育ちの苗です。


そして、ただ木を植えるだけでなく、この地が水戸の桜川の起源地であるということを石碑に刻み、光圀公以来の水戸の人々の桜川への思いを後世に残していくことになりました。

桜川左岸(見川町)に今回設置する「桜川之碑(原案)」
石碑の材質も本家桜川の上流に近い茨城県笠間市の稲田石を使用する予定です。

 

 

桜の水戸を未来へつなぐ「彰往考来」の桜景観づくりへ。

 

石碑を設置する対岸にあたる「桜川の右岸」の場所には、いまから100年前の大正時代に地元青年会が植樹建碑した場所が残っています。当時の桜の木は一本もなく、漢文で難解な石碑だけがひっそりと残り、地元の人々ですら知らない方が多い状況です。

 

私たちは、ちょうど100年目にあたる2015年11月に、記念の植樹式を行いました。1本1本植樹を積み重ね、少しでも多くの方にこの活動を認知していただくことで共感の輪を広げていきたいと思います。石碑建立は、そのための一歩。これから広がる水戸桜川の桜景観復元の一里塚と考えています。

 

光圀公は、中国の古典から「彰往考来」という言葉を引いて大切にするように家臣たちに説きました。「過去をあきらかにして、未来を考える」という意味です。

 

桜川の歴史を石碑を通して学ぶことで、桜とその歴史を、多くの人々に未来へ受け継いでいってほしいと切に願っています。応援どうぞよろしくお願いいたします。

 

石碑を設置する対岸にあたる「桜川の右岸」の場所にある
大正時代にできた石碑

 

支援金の使途内訳

 

・石碑建立費用 700,000円

・返礼品制作費 300,000円

・除幕式設営費 100,000円

 

以上の1,100,000円のうち400,000円に使用させていただきます。

 


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