僕が子どもの頃は、友達や近所に住んでいる年上や年下も集まってよく遊んでいた。

 

悪ふざけをして、近所のおっちゃんやおばちゃんに怒られることもよくあった。

それが、当たり前の日常だった。

 

それから、30年ほど後のいま、学校では

「知らない人から声をかけられることに気をつけましょう」と教わる。

 

近所の顔見知りならまだしも、大人からそう教えられていたら、他人に対しての不信感が育つのではないだろうか、と感じたりする。

 

昔は、こういったいい意味での「おせっかい」が今よりたくさんあったように思う。

 

振り返ってみると、自分自身も普段の毎日で子どもから

「もう、そこまで言われなくてもわかってる!」

「うるさいー」

 

って言われることを考えると、おせっかいなんだろうなと思う。

 

訪問看護の現場では、来てほしくない、という未治療のひきこもり状態にある人に対して、

「あなたのことが心配だから」

と、思いっきりのおせっかいで関わらせてもらおうとする。

 

そんなおせっかいにも、その前提として

 

「信頼関係」がある

 

ということが大切なんだと思う。

 

特に、現状が孤立している人

 

見た目では孤立していないように見えて、心は一人ぼっちの子どもたち

 

人と信頼関係を持って関わる

 

ということ自体が難しい状況・状態にあるときに、僕なりのおせっかいは、

 

「あなたのことを気にしている」というメッセージが届くように。

 

そんな心がけをしている。

 

昔、よく怒られたおっちゃんも、地域の子どもたちのことを愛情を持って見守ってくれているという前提があったんだと思う。

 

自ら嫌われ役を買って出て、おせっかいをしてくれていたおっちゃん。

 

その時は伝わらなくても、後から気が付くように僕の体験として心に残っている。

 

このおっちゃんや、おばちゃんからヒントをもらって、今日も目の前の人や子どもたちに対して、おせっかいを続けていこうと思う。

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