時泥棒とは、当時江戸で言われた言葉で、相手の都合も考えずにアポなしで押しかけてくるような人のことをそのように呼んでいました。当時は十両を盗むと死罪になる時代でしたが、時泥棒はその「十両の罪」とも言われていたことから、江戸っ子は当時から時間を大事にしていたことが伺えます。

 

これは何も難しいことはなく、時泥棒とは言葉そのままで、要は相手の時間を奪うことがそのまま答えとなります。

 

ただ、これも後日に少々ネタ明かしをしますが、このような空欄問題は、より深く記入した方が採点は高くなります。例えば、「相手の時間を奪うこと」とのみの記入でも正解は正解ですが、採点は低いものとなります。その他に実例をあげたり、「お金は弁償できるが、時間は弁償できない」といった「何故?」時泥棒とは重大な罪と言われていたのか、そうした理由、或いは自分の意見まで答えとして記入する方が採点は高くなります。

 

また、時泥棒も現代社会においてはその形態もさまざまです。要は時間に対する考え方なのですが、上の「お金は弁償できるが、時間は弁償できない」という点を考えると、時間はお金以上に貴重なものとなり得ることが解ります。これを本当に理解したのなら、惰性による納期遅れもなくなるでしょうし、むやみやたらに明日延ばしにすることはないでしょうし、できないものを「できる」と言うこともなくなってくるはずです。これはある意味タイあるあるの一つですが、はじめからできないと言ってくれれば、あの時他を当たっていて今頃できていたはずなのに・・・なんてことがなくなっていくのです。つまり、「できる」と言って相手の関心を引きつけ、これが結果的に相手の時を奪ってしまっている、なんてことはタイでは日々、いたるところで起こっています。

 

時間というのは、誰もが平等に持っている、限りある資源であり、それは大変に貴重なものです。また、これは本おもてなしプロジェクトで言う、エチケットにもマナーにも、サービスにもホスピタリティにも、そしておもてなしにも活きてくるものです。それだけに本プロジェクトの一大重要テーマとして捉えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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