みなさまこんにちは。NPO法人カマルフリーダ代表の西村祐子です。

クラウドファンディング開始1週間で422,000円もの暖かいご支援を頂くことができました。Facebookの「いいね」数も200近くなり、多くの方にこのプロジェクトを知っていただけたこと本当に嬉しく思います。応援ありがとうございます!

 

今回は「夢のコミュニティキッチンまでのあゆみ」の第2回として、セントマーサエステートの移住した後の人々の暮らしについてご紹介します。

 

第1回でご紹介したように、2012年に行政はスモーキーマウンテンにすむ人々を、ブラカン地方・バティアに新しくつくられる住宅地セントマーサエステートに移住させることをすすめました。ここなら毎年やってくるサイクロン(台風)の被害もなく、空気もきれいです。22㎡と家族3〜12人で暮らすにはあまりにも狭いのですが、トイレのある長屋にも住めます。特別ローンで30年間住宅ローンを払い続ければ長屋は自分のものになるということでした。

カマルフリーダの支援するウリアン地区の人々も、意を決して、セントマーサエステートに移住をすることに決めました。

 

セントマーサエステートの航空写真:農村地帯に3000もの家が一度に建てられたため、周辺には十分な働き先がありません。

 

人々は希望に満ちて移住したのですが、移住先は農村地帯に作られた住宅地です。彼らには耕す農地もなければ廃品回収場もありません。つまり生活の糧がなかったのです。メトロマニラに通うには片道二時間半以上かかり、その交通費は高くてとても手がでません。毎日通うなんてもってのほかです。

 

住環境は最悪でもスモーキーマウンテンでは廃品回収や炭焼きの仕事など、なんとか食べていくための仕事はありました。移住前は、一家に一人は誰かに雇われて仕事をし、その他炭焼きや小さな商店の経営などを通してなんとか生計を立てていたのです。

 

2013年からの2年間で約3000世帯がセントマーサエステートに移りましたが、すでに3分の1以上の世帯がセントマーサエステートで暮らすことを諦めて、出ていってしまっています。生活の糧をもとめて前より悪い条件でマニラに戻ってしまっているのです。フィリピン政府の特別ローンで住むことのできた家も、一度投げ出してしまうともう二度と同じ政府のプログラムによる特別ローンでこうした家にすむことはできなくなります。

 

またセントマーサエステートに残った家族も、なんとか生活を成り立たせようと、一家の柱のお父さんの多くはマニラに戻り出稼ぎ生活を余儀なくされました。家族が分散するとそれだけでお金はもっとかかります。

 

新しい家に引っ越したその日、家の前で嬉しそうに笑うレンレン一家。しかしこの一週間後に仕事のためお父さんはマニラに戻らざるおえず、家族離れ離れに暮らすことに。

 

セントマーサエステートの環境はいいけれど、仕事はなく、生活を維持するためのお金がなくなり、子供たちは以前にも増して飢えていました。

空腹を感じ、人々の残飯をあさる生活…それは病気をもたらしますが、いつも空腹を感じている子供たちのためにはそうせざるをえないお母さんたちも多かったのです。カマルフリーダが直面した緊急の課題は子供たちの飢餓を緩和することでした。

 

「飢え」を感じている家族の割合(グラフ左から「軽度の飢えを感じている割合」「深刻な飢えを感じている割合」とその「合計」)フィリピン全土(青)と比較してセントマーサエステート(赤)ではその割合が3倍にも上る

 

もともとフィリピンの児童の平均と比べても10センチ以上身長が低く、体重も10キロ以上劣っていたスモーキーマウンテンの子供たちです。移住して暮らしがきつくなり、ますます児童の間に飢餓がひろがっていました。

 

この状況をなんとかしたい、食費をおさえつつ、栄養のある食事を子供たちに提供し、現金収入を少しでも得られるようにできないだろうか、という考えが、カマルフリーダがこのプロジェクトを始めるきっかけとなりました。

 

 

 

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