プロジェクト概要

プロジェクトの終了が報告されました

 

広島市立基町高校の実話をモチーフに、
被爆体験の継承を描く「あの夏の絵」仙台上演を行いたい!

 

はじめまして、「あの夏の絵」上演実行委員会の武井あおいと申します。私たちは、被爆地から遠い宮城県仙台市という、少人数とはいえ被爆者の方々が生活する地域で、その方々と濃密な交わりを持ち、核兵器廃絶を目指す活動を続けています。

 

現在平均年齢80歳となった被爆者の方々は、原爆投下時は8~9歳。一瞬のうちに親族も暮らしも失い、人生をゆがめられた被爆者が、過酷な戦後を生き延び、不屈に核兵器廃絶を訴え続けてきたことを想うと、彼らの信念の強さに畏敬の念を禁じえません。

 

今回は、広島市立基町高校の実話をモチーフに被爆体験の継承を描く「あの夏の絵」という舞台の仙台上演を実現するため、クラウドファンディングを立ち上げました。仙台で『あの夏の絵』上映を行い、若い人々がいのちや平和について考え、被爆体験を語り継いでいくうえで大きな力になると確信しています。

 

核兵器のない社会を作る若者に願いをつないでいきたいということが、今回の企画の大きな目標です。そのため、本来3500円で上演する料金を大学生以下は1000円、30歳以下は2000円に設定しております。そこで皆様に、上映会の開催に向け不足している資金をご支援いただきたいと考えております。

どうか、上映会の開催実現に向け、皆様のご賛同をいただけないでしょうか。

 

 

 

原爆の記憶を絵で表現し、継承することに挑んだ高校生の物語

 

戦争を知らない世代が多くなり、戦争の記憶が薄れてきました。若い世代が想像だけで戦争の真実に迫ることは難しく、被爆体験の継承を、真剣に考えなければなりません。

 

『あの夏の絵』は広島の現代の高校生が主人公です。被爆体験の継承をテーマに、10年以上つづく広島市立基町高校の「原爆の絵」創造活動を取材した実話をもとにした舞台で、被爆者と心を通わせる等身大の高校生の姿が描かれています。高校生が被爆者の体験を絵にして、継承していこうという取り組みは、まさに、若者が被爆体験をどのように力強く継承していくかを表現したものになっています。

 

 ストーリーをご紹介(福山啓子=作・演出

 

広島市にある私立海陵学園高等部。美術部員のメグミは祖父母が入市被爆をしている被爆三世。顧問の岡田が持ち込んだ「被爆証言を聞いて絵に描く」取り組みに、迷いながらも参加することを決める。東京から引っ越してきた同じ美術部員のナナは友達よりも絵を描くことが大好きで、漫研と兼部しているアツトが気に入らない。岡田の提案で被爆証言は三人で聞くことになり、証言者・白井の話を聞いて心を突き動かされる三人だが、ある日ナナが学校に来なくなって…。

 

 

 

 

 

青年劇場『あの夏の絵』仙台上演に向けて

 

今回は、皆様からいただいたご支援で、『あの夏の絵』初の仙台上演を行います。これまで広島県や関東では上演が行われてきましたが、宮城県仙台市での上演は今回が初めてになります。

 

宮城県は、広島からは遠い場所にあります。しかし、被爆国日本に生きる同じ人間として、未来を生きる私たちとその子どもたちが、被爆体験を継承していく使命があります。

 

被爆体験の継承はまた、東日本大震災の災後を生きる私たちにも多くの示唆を与えてくれると思っています。被害を乗り越え、未来に向かって生きる私たちの今を考えることに、そして「命の大切さ」「生きる力」について考え学ぶことができるのでは、という思いも込めています。

 

■2018年7月6日(金):14:00~16:00 / 18:30~20:30

■開催場所:福祉プラザふれあいホール

■主催:あの夏の絵上演実行委員会

 

〜実際に鑑賞した広島市立基町高校創造表現コース1年生の感想〜

 

・私は今、原爆の絵を制作させていただいています。 その時に、青年劇場の方が、原爆について皆さん に届けるその題材に私たちの原爆の絵の活動を 使ってくださっていると聞き、本当に嬉しくなりました。それ だけに皆さんの心に響くことを先輩たちがしてきたのか、今 私がしているのかと、とても誇らしくなりました。 

 

・まず、原爆の絵を描くまでのプロセスのリアルさに驚かされました。証言者の方の急な体調の変化、定まらない記憶の再現...。つい、メディア上では完成した作品ばかりが取り上げられて、描いている最中の大変さを知り辛かったのですが、今日の劇を見て、改めて知ることが出来ました。私は特に主人公が被爆者である祖母と話し合う場面が好きです。70 年間も言えなかった思いを伝える辛さというものは中々描く側の私たちには量り得ないもので、演劇という形で少しそれが分かってよかったです。

 

 

未来を生きるのは若者たちだからこそ。

 

被爆者は宮城県内に現在129名いらっしゃいます。宮城で被爆者と接し、お話を聞かせてもらう機会は限られ、また高齢になり年々語れる方が少なくなります。その一方、戦争を知らない世代が多くなり、戦争の記憶が薄れています。若い世代が想像力だけで戦争の真実に迫ることは大変困難な状況になりました。

 

体験者の話を聞くことができれば、それは本当に貴重な機会です。そのため、被爆者の言葉を聞けるのもあと数年かもしれないと私たちも焦燥感にかられます。しかし、「2020年に核兵器を0の年にする」という世界平和市長会議の目標を達成するのは、戦争を知らない世代なのです。

 

ICANが30代以下の若者で構成され、外交分野で活躍したことを思うと、被爆体験は風化せず、ますますリアルに受け止められていると確信しています。被爆国日本でこそ被爆者の過酷な体験を、リアルに聞くことができる最後の世代と言われています。未来を生きる私たちとその子どもたちが被爆体験を継承していく使命があるのです。

 

実行委員会のメンバー。大学人・医師・弁護士・文化人・企業家・労働組合・平和運動・青年運動・民主団体・肩書のない市民など多様な人が集まっています。

 


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