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jean1949paul

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2021年05月04日 08:00

(下)『ゴトビキ岩大権現さま』。その2。「片付け」

 我家を出て右に進む。最初の信号機のない交差点を右折。坂を上る。右は鎌倉高校のグランド。次第に勾配がきつくなる。家々の間の隙間のようなアスファルトの道は程なくして行き止まる。家の並びが途切れた先には踏み固められた道が左右に繋がっていた。この道が鎌倉上道(かみつみち)の支道。登山道の趣。右に行くと極楽寺坂切通しを抜けて八幡宮に出る。八幡宮は江戸時代の日本橋と同じく道の起点。左は片瀬。片瀬の先は藤沢。支道は藤沢から北上する。暫くすると二股が現れる。右が俣野。俣野で上道に合流する。二股の分岐を左に進んでも上道に合流できる。相模への近道。

『左は片瀬』以下は母の受け売り。母は古道歩きが好きだった。今では片瀬の遥か手前の下り坂で古道は消滅。それでも母は車の道に変わっていても、古地図と勘を頼りに、楽しそうに、片瀬までと藤沢への道を探る。わたしの健脚は母譲り。

『俣野は山間が開け、奈良時代に拓けた豊饒な米の産地。俣野も藤沢も人と米その他の往来を望んだ。その道が造られると、藤沢から北に向かおうとする人達は、俣野をやり過ごす近道を求めた。これが二股の真相』

 これも母の説。

 何時もながら母の突っ込みは鋭く的を得ている。

 母はこう会誌に書いていた。反論はなかった。

『支道は今の海岸通りが繋がっていない時代に鎌倉から藤沢への必要から造られた』

 既に交通の要衝だった鎌倉時代の藤沢。箱根の山を越える中継地小田原とを結ぶ宿場町だった。上道が造られると北にも繋がった。相模・武蔵・上野を経て上州へ。更には越後まで続き、日本海で役割を終える。今の鉄路を眺めると分かり易い。

 この支道の途中にわたしの泣き場がある。

 涙を見られるのが嫌だった。

 母と涙は相容れない。わたしはそれを知らず内に身につけた。それでも眼球の奥に涙が溜まりに溜まってしまう時があった。そんな時の、誰も来ない、苔むした、秘密の場所。涙もろいわたしは中一の頃から年に二度か三度、お世話になっていた。

 道を左に行くと樹立に空間が在った。我家から一五分ほど。そこには丸太を半分に割った座り処が置かれ藤棚が建てられている。日影には多種多様の苔が密生。座り処に腰を下ろすと樹々の間から海が見えた。江の島が右に小さい。

 大人になってからはもの想いの場所になった。行き詰まった時、決断しなければならない時には此処に来た。教師を辞める時は勇気が必要だった。アメリカかヨーロッパかと悩み、悩んだ挙句にスペインに行ってみようと決断した時も。

  今日は母の初七日。明日からわたしは沢山の彼是を決め様々を処理しなければならない。今日は思い切り供養できる最後の日。座り処から見える湘南の海は陽光に反射して眩しい。何時ものわたしの好きな景色。藤の紫も陽を一杯に浴びて静かに輝いていた。

 訪れたのは六年ぶり。

 母は太陽だった。一月の椿の紅(べに)と五月の藤の紫を父は愛していた。想い起すと父は月だった。陽が陰り沈んでもわたしを見守っていた。太陽と月をわたしは喪った。喪失感が込み上げて来た。堪えていた涙が溢れた。幸せに育ち、育てられて来たわたしの今までが明日から変わる。涙は喪った悲しみだけでは無かった。感謝も。母が鎌倉に居たからわたしはスペインに旅立てた。そして不安の只中でサンタンデールに居場所を見つけられた。母が居なくなるとわたしには家族が居ない。独りぽっち。わたしには、独りぽっちの体験も経験も無い。

 不安と興奮は悪くない。ワクワクドキドキがわたしを待って居てくれる。それは母の存在がわたしを強くしてくれたからだ。わたしには母と云う拠り処が在った。わたしは安心して不安と興奮に向き合えた。これからは独りで立ち向かって行かなければならない。家族とはわたしの拠り処。安心して帰れる場所だった。

 やはりわたしは少しの安心が欲しい。

 

 初七日を過ぎた今日からは片付け。

   父と母の寝室にそれぞれ備え付けられた押入れの上の段には寝具が隙間なく詰め込まれ下の段にはガラクタと云っても良いような想い出の品々が積み重なっていた。母の和箪笥には着物が綺麗に重ねられドレッツサーには洋服が整然と吊るされている。

 わたしは今まで二階の母と父の、それぞれの部屋の押入れや箪笥、ドレッサーを開いたことがない。我家にはあちこちに押入れがある。父の部屋の襖を開けると父の遺品が此処に集められていた。茶室には壺と掛け軸が何やら大切そうに置かれている。子供の頃から触れてはいけない」と父にきつく言われてきた壺と掛け軸。

 骨董にはまったく関心が無い母とわたし。

 父が亡くなった時に母は少なからず処分したのだろう。衣類は残っていなかった。処分できなかった数々。眼を惹いたのがグローブとキャッチャーミット。バット二本。真新しい硬球が四個。それとサインボールが一つ。『細川さんへ。一九六九・五・一〇』は識別できたけれどサインの字体が分からなかった。分からなかったけれど、これが長嶋選手からのプレゼントなんだと思った。「お父さんの宝物は長嶋選手のサインボールとバット。野球への情熱が消えないで燻っている。それと骨董」と母から聞かされていた。

 もう一本のバットにもボールと同じサインが記されていた。

 外に出て物置を初めて開けた。此処にも沢山のガラクタが積み上げられていた。母に強い収集癖はなかったと思う。不要な物は年に一度は整理していた。それでもこの家が建てられてから二五年。長年の生活の痕跡が蓄積する。漬物石と漬物用のポリと木の蓋があった。母は漬物を漬けたことがない。恐らく漬けようと購入。残念ながら機会が訪れなかったのだろう。もったいなくて捨てられないは母にもあったのだ。餅つきの杵と臼。蒸篭もあった。ついた餅を置く下板と延べ棒も。一式が揃っていた。父がお餅をついたのをわたしは一度も見ていない。これらも機会に恵まれず、眠ったまま。棚には『熊谷組』の工事用ヘルメットが赤いカラーコーンの先端に載せられていた。その下には黄色と黒の縞模様のポールバーが一本。これには笑った。なぜ『熊谷組』が此処に保管されているのか皆目、見当がつかない。父は『一条工務店』の設計と積算、施工管理を担っていた。何時か使えると母が拾ってきたのかも…。

 実は笑えない情況。

 片付けとは不用なモノを処分すること。物置にしまわれていた中には記憶がある壊れた灯油ストーブもあった。使われなくなった座椅子。小六まで使っていた勉強机も。すべて不用な品々。しかし燃えるゴミで出せるモノは数少ない。可燃ゴミでも四〇リットルの有料袋に入らない。そうなると大型ゴミ。種分けしてゴミの形状を特定。それらを市役所の大型ゴミ収集課に電話しなければならない。電話で一つひとつを丁寧に説明。ようやく貼り付けるシールの価格と番号が伝えられる。それで終わらない。特定されている収集日の八時半に、シールをそれぞれに貼り、指定場所に出さなければならない。時間に遅れると収集車は去ってしまう。それを恐れて早めに出すと近所の年寄りから叱られる。

 わたしは二階に上がったり階下や外に出て「わっ。これは大変」「あれっ。これは見覚えあり」「ナニ。これは何なの」と大騒ぎ。楽しんでしまった。楽しんでいると時間が過ぎるのが早い。気づいたら昼。片付けの方針がまったく立たないままバタついているだけだった。ただただ片付けなければならぬモノに振り回されている。

 ひと息入れた。コーヒーを落した。二階の居間で椅子に座り、テーブルに頬杖ついて溜息。どうも違うと思い始めた。今やらなければならないのは片付けなのだろうか。片付けるとはわたしがこの家に住むにあたり住み心地良くする段取り。或いはこの家から出て行き、戻らないと決め、発つ鳥あとを濁さずの構え。

 片付けとはこの何れかの行為。

 これに気づいた。

 わたしはこれからを決めていない。

 それなのに片付けるのが当然と思い込んでいた。

 馬鹿みたい。

(下)『ゴトビキ岩大権現さま』。その1。「鎌倉七口」(下)『ゴトビキ岩大権現さま』。その3。「方針が決まらない」
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