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国生み神話のおのころ島 『沼島(ぬしま)再生計画』

増見芳隆

増見芳隆

国生み神話のおのころ島 『沼島(ぬしま)再生計画』
目標金額を達成した場合のみ、実行者は集まった支援金を受け取ることができます(All-or-Nothing方式)。支援募集は10月11日(月)午後11:00までです。

支援総額

512,000

目標金額 1,900,000円

26%
支援者
51人
残り
22日
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目標金額を達成した場合のみ、実行者は集まった支援金を受け取ることができます(All-or-Nothing方式)。支援募集は10月11日(月)午後11:00までです。

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プロジェクト本文

▼自己紹介

 私(増見芳隆)は1954年に徳島市津田町で生まれました。2歳の頃に沼島の祖父母に預けられ、6歳までの保育園時代を沼島で過ごしました。「三つ子の魂百まで」の如く、私は沼島時代の思い出を宝物として過ごして来ました。その後、徳島で暮らしましたがお盆は阿波踊りより、沼島の盆踊りが好きで夏休みには沼島へ行き、毎晩友達と一緒に朝まで踊っていました。大学からは写真の道を志し東京暮らしになりましたが、今でも時々沼島に帰り、保育園時代の漁師の友達とお酒を飲み、昔話に花を咲かせています。東京生活も50年近くなり、私の自己紹介は写真中心になってしまいますが、簡単に説明させて頂きます。東京写真大学(現•東京工芸大学)卒業後はフリーカメラマンとして国内海外を撮影。1982年にはパリに住み、ヨーロッパ各国を撮影しました。1984年から1年間の旅で日本一周し、その写真を纏めた「普通の中の不思議」で、平凡社第25回太陽賞を受賞。約20年間撮影したギリシャを写真集「心の旅」として出版。この写真集を原本として姉妹編がドイツ、イタリア、日本でも出版されました。現在は35年前からのテーマとして、東京(都市)と新宿御苑をライフワークとして撮影しています。今後、沼島の記録写真も撮りたいと考えています。株式会社イオン代表取締役。文字数制限もあり、急いでご説明しましたが、私の自己紹介の詳細につきましては、恐れ入りますが下記のURLにて、ご確認下さい。  

        http://ion.co.jp/wordpress/about      http://www.artgene.net/masumi 

 

沼島保育園時代の6歳の私です。背景の巨大な岩は高さ30mの沼島のシンボル上立神岩、「天の御柱」だとも言われています。当然ですが、この頃は沼島の歴史などは全く何の興味や感心も無く、トンボかセミでも探しながら、トボトボと歩いて立神展望台までやって来たのでしょう。

 

60年前の沼島保育園の卒園写真です。私の同級生の殆どは都会で暮らし、現在の沼島(ぬしま)で生活する同級生は男3人女2人です。この卒園写真は1961年ぬしま保育園(西光寺)山門の前で撮られた物です。私は写真撮影前に徳島の小学校入学の為、島を離れ残念ながら写っていません。

当時30人の園児も現在は1人となり、寂しくなりました。私も東京生活がもうすぐ50年、人生の殆どが新宿暮らしでした。この歌舞伎町交差点を行き交う人々の殆どは、私と同じ地方出身者。

1分間で沼島の全人口が通り過ぎて行きます。

 

▼プロジェクトを立ち上げたきっかけ

私の祖先は沼島10人衆の江戸時代から、350年以上代々続く漁師の旧家と聞いております。沼島の長い歴史の変遷の中で、私の先祖がどの様な時代を生き抜いて来たのか、近年自分の歳を重ねるに従って、年々沼島への郷愁と歴史への興味が膨らんで参りました。私は徳島市で1954年に生まれましたが、翌1955年に沼島の大火で祖父母の家が焼失してしまい、徳島の家を移築する事になりました。それを機に私は母と離れ、2歳から6歳までを沼島で祖父母と暮らし、保育園時代を送りました。その後、高校まで徳島で過ごし、大学から現在までは東京で生活しています。66歳になった今も幼少期の沼島時代の記憶が私の原風景となり、沼島で漁師をやっている保育園時代からの友と、60年以上の交友関係が継続しています。しかし、残念な事に私の原風景である沼島は年々大きく変わってしまいました。時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、私が暮らした当時2,000人以上いた沼島の人口も現在は400人余りの過疎地に変貌し、少子高齢化により限界集落への一途を辿っています。更に追い討ちをかける様に、近年の地球温暖化と海水の栄養塩の不足で主産業の漁業も大打撃を受け、島民の生活も苦しい状況に追いやられています。今の沼島を眺めていると、私には島の終焉を待つかの様な寂しささえ感じてしまいます。この悪循環の重なりは当然に島民の気質の変化にも繋がり、私の知っている漁師気質も陰りかけています。こんな状況下で何か私に出来る事はと考えたのが、沼島再生の一歩としての沼島歴史年表(大型詳細版)でした。日本には400以上の有人島があり、それぞれの島には島独自の文化や歴史があります。しかし、国生み神話から始まり、日本史の変遷の中で、数多く登場する「沼島」の様なドラマティックで興味深い島は、未来に残す意味でも貴重な存在だと考えます。私は、この沼島が持つ歴史の輝きを島民が再認識する事が、課題山積の今の沼島再生のエネルギーに成るのではと考えました。近年の沼島は、釣り客や海水浴客に加え、島内一周コースも整備された事で、島散策の観光客も増加しています。また、コロナ禍の影響で今後リモート•ワークで移住を考える人も増えるかもしれません。沼島中学校校歌にも「神がつくりし おのころ沼島 代々に栄えし われらのふるさと」と歌われています。このふるさと「沼島」が、沈んでしまう前に、沼島歴史年表(大型詳細版)の完成が、島民にとって誇らしい沼島の歴史を再確認する事が、沼島再生の「活力」に成ると信じております。また、来島者にとって、沼島歴史年表(大型詳細版)が新しい島内散策コースに追加される様にと、現在計画しております。私はこれからも沼島歴史年表と、写真で沼島の魅力を広く「宣伝」したいと考えております。

 

沼島保育園の同級生。もう60年が過ぎました、現代風に形容すれば同級生のレジェンドです。

今回のプロジェクトの準備段階でも漁の合間合間に、愚痴も言わず一ヶ月以上大工仕事を手伝ってくれました。本当に感謝、感謝、感謝です。沼島では仲間の事を朋輩(ほうばい)と言います。

 

▼プロジェクトの内容

 沼島は古代から現在に至る長い歴史の変遷の中で、国生み神話の「おのころ島」伝説から始まり、源平合戦や豊臣秀吉の朝鮮出兵、高田屋嘉兵衛の国後島・択捉島の航路開拓など、日本史の表舞台にこの沼島は数多く登場します。しかし、残念ですが、この沼島の歴史の変遷を詳細に纏めた書物も無く、歴史資料館や歴史民芸館もこの島には存在しません。この度のプロジェクトの原点は沼島再生が目的ですが、先ず最初に沼島の長い歴史を5分割し、今回は沼島歴史年表(大型詳細版)古墳時代から飛鳥時代を計画しております。具体的には沼島南区の空き家の外壁(8m×2m)を利用し、大型で詳細な沼島歴史年表を制作する予定です。沼島島内の集落は5区(南区、中区、北区、東区、泊区)に別れており、次回以後の沼島再生プロジェクトでは、(仮)ですが、沼島歴史年表(中区 奈良時代、平安時代、鎌倉時代)(北区 室町時代、安土桃山時代、江戸時代)(東区 明治時代、大正時代)(泊区 昭和、平成、令和)を計画しております。この5回のプロジェクトが全て完結出来れば、島内5地区に約40mの巨大歴史年表となります。

島民にとっても島外からの観光客その他の来島者の方々にとっても沼島を散策しながら、沼島の詳細な歴史の変遷を把握する事が可能になると信じております。

 

『沼島と淡路島』沼島上空から視界100Km以上の快晴で、右上は本四架橋の明石大橋、左に鳴門

大橋が見えます。沼島は紀伊水道と鳴門海峡の出口に位置し、潮の流れが速く近海魚の宝庫です。

特に鳴門鯛、鯵、蛸、鱧、芝海老などは絶品です。また、沼島は淡路島から4,6kmしか離れていませんが、日本中央構造線の大きな断層上にあり、本島とは全く異なる結晶片岩でできています。

これらは約1億年前の中生代に比較的高圧の条件で生じた変成岩です。島の南西半分は黒色千枚岩層、北東半分は緑色片岩層、北部は緑泥片岩が分布しています。1995年1月17日に発生した関西•淡路大震災でも沼島は大きな被害が無かったと聞いております。

 

『鞘形褶曲』この写真は沼島汽船沼島港待合室に展示された鞘形褶曲(さやがたしゅうきょく)です。1994年に沼島黒崎のやや東寄りの海岸で世界的にも珍しい鞘形褶曲が発見されました。

現地の鞘形褶曲は干潮時にしか見る事が出来ませんが、昔の地殻内部の動きがわかる世界的にも貴重な1億年前の地球のシワが残る珍しい岩石です。

(展示されている岩石は左右40cm×高さ25cm)前後です。

この岩石は、世界的にも沼島以外にはフランスで一カ所発見されいるだけと言われています。

 

『雲間に輝く沼島』徳島発羽田行きの機上より運良く思い出の沼島を見れました。これぞ日本神話や記紀に登場する島。イザナギノミコト・イザナミノミコトによる国生み神話で知られ、神々がつくり出した最初の島としか考えられません。『古事記』では淤能碁呂島(おのごろじま)、『日本書紀』では磤馭慮島(おのころじま)と表記され、また、オノゴロ島は、自凝島とも表記され、「自(おの)ずから凝り固まってできた島」の意味とあります。この沼島の「おのころ神社」には、 天地創造の神であるイザナギノミコト、イザナミノミコトの二神が祀られています。

 

『沼島汽船発着所の沼島案内板』沼島は勾玉(まがたま)の形に似ています。勾玉は、わが国の古代の装身具の一種で、語の初出は『記紀』です。『古事記』には「曲玉」、『日本書紀』には「勾玉」との表記が見られます。

 

『沼島港の午後』漁船の殆どは出航中で、こんな快晴で気持ちの良い日なのに港を歩く人影は見られません。今ではこの島に活気が戻るのは、春祭りとお盆。それもコロナ禍で昨年、今年と中止に追い込まれ、寂しい限りです。

 

『弁財天神社』沼島に上陸すると最初に目にするのはこの黒松に覆われた社、島では弁天さんの名で親しまれています。海上安全、戦の武神、守護神として信仰されています。祭神の神像は、

極めて美しいお姿であり、相模の北条氏と同じ魚鱗紋を使用しています。沼島の弁天さんは、神仏習合であるため、琵琶を持っていないのが大きな特徴です。左右8本の腕があり、その御手には弓、刀、斧、羂索(けんさく)、箭、三鈷戟、独鈷杵、輪を執り、一足をあげて波濤の台座に鎮座しています。境内に立つ黒松の大木が、以前は、沼島全体を覆っており、魚つき林の役割を果たしていました。また、境内の周囲は、沼島の岩石を使用して石垣が出来ており、この場所にて主な沼島の岩石をほぼ知ることが出来ます。弁天さんのご開帳は100年に一度ですが次が何年になるのかは不明です。尚、御朱印は沼島八幡宮で拝受可能との事です。

 

*沼島の人から聞いた追加情報ですが、7月7日にNHK「ブラタモリ」で、この『弁財天神社』の石垣「変成岩」と、上記「鞘形褶曲」(さやがたしゅうきょく)の取材があり、9月末か10月初めに放映される予定との事でした。船からの島一周取材があった様なので、上立神岩等を含め、沼島の全貌が見られると思いますので、ご興味のある方はご覧下さい。

 

『梶原五輪塔』梶原景時景時の墓とされております。時景は、源平の石橋山の合戦で平家方として

源頼朝の軍を破ったが、洞窟に潜んでいた頼朝を故意に見逃し、後に源氏が復活した際に頼朝方につき、頼朝が死ぬまで側近として勢力勢力を振るった人物です。

 

『神宮寺』私の好きな神宮寺山門の柏槇(ビャクシン)の老樹。樹齢1000年とも言われ、神宮寺の長い歴史の語り部として現存しています。

 

司馬遼太郎『菜の花の沖より』の一説。平安時代の880年(元慶4年)開基の真言宗寺院の神宮寺

の境内の石碑。神宮寺は梶原景時の菩提寺で、梶原氏に寄進されたと伝わる宝物「尊勝法華曼荼羅」「紺紙金銀字入大乗論」が兵庫県指定文化財、本堂本堂裏の「枯山水庭園」は兵庫県指定名勝となっています。そして、序でに私の増見家先祖代々の菩提寺です。

 

『沼島八幡宮』島の中心に位置する沼島八幡宮。永享八年(1436年)梶原景俊が京都石清水八幡宮の分霊を阿万八幡宮を通じて勧請し創建したと伝えられます。御影石の石段が、神門から上が三三段の女坂、下が四二段の男坂と呼ばれています。海上安全、四季豊漁の神様です。本社には、かつては水軍の拠点であり、昔から海を生活のより所としてきた沼島の生活をうかがいしれる絵馬13額が掛けられ、全国的にも珍しい逆羅針盤が天井に奉納されています。

 

『沼島八幡宮の森』この森は氏子により神社の創建はるか以前より、島民達が守り続けられてきた神域でとても大切にされております。神社の森には、幕末のオランダ人シーボルトが学会で紹介したホルトの木(ユズリハモドキ)が生い茂り、南限・北限の植物も混生し、牧野富太郎博士が、大きな関心を寄せた森でもあります。写真の大木は昔から「八ツ又の木」と呼ばれ、大人十一人分の根まわりをもつ樹齢八百年ともいわれる森の王様です。この森には、シイの大木を始め樹齢五~六百年を誇る大木も十数本あります。現在、兵庫県の「自然環境保全地域」に指定され、植物学的にも貴重な森として注目されています。

 

『蓮光寺』沼島北区の丘陵の上に蓮光寺(浄土真宗本願寺派)があります。この寺の境内には

「武嶋城跡」(むしまじょう)と記された石碑があり、沼島城が承平天慶年間(931~946年)頃に存在していました。碑文によると、平安時代の承平天慶年間(931~946)の頃、武嶋五郎秀之がこの城の城主として住んでいました、天慶4年(940年)藤原純友の乱のとき騎馬186頭をひきつれ博多の海戦に出陣するも戦死。その後寛喜・建長年間(1230~1250年)頃、梶原景行(梶原源太景季の甥)が居城としました。また暦応3年(1340年)新田義貞の弟脇屋義助は、熊野の海賊の兵船300余隻で沼島に渡り、淡路の志知庄を所領としていた安間・志知・小笠原の一族に厚く迎えられ、そこから備前・児島に無事到着しました。天正9年(1581年)梶原秀景が城主の時、織田信長の四国征伐の折、羽柴秀吉に味方した阿波・三好康長に攻められ滅ぼされました。元和元年(1615年)江戸幕府の一国一城令により沼島城は廃城となりました。その後、天明元年(1781年)この場所に連光寺を移転されました。*淡路常磐草、淡路島のお城より転載。

私が何歳の頃かは思い出せませんが、大晦日の夜に蓮光寺の住職を訪ね、除夜の鐘をつかせてもらった事があります。当時の住職が高齢だったせいか「何回でも鐘をついても良い」と言われ、

こんなに鐘をつけるのは生まれて初めてなので、喜んでつきました。108回つくつもりでしたが、80回以上ついた時に初詣の島の子供がやって来て、独り占めは良くないので、交代しました。

その夜は何となく良い正月が迎えられると大満足で、多分初詣もせずに一人で家に帰った記憶が残っています。

 

『岡の坂』島の人は「岡ん坂」と呼んでいます。蓮光寺から港に下る時、この淡路瓦の家並が

見事で、子供の時から「なんとなく良い」と感じていました。昔は石段で風情があり、東区や泊区の盆踊りの行き帰りに何度も通りました。今でも思い出すのは盆踊りの音頭と太鼓の音。この坂道を下り始めると踊り場の音が遠ざかり、微かに聞こえ、後から自分の下駄の音だけが響いてきました。

 

『沼島庭園』この庭園は、室町時代に戦乱が続く都を離れ、沼島へ逃れてきた足利十代将軍義植

が作庭したと伝えられている池泉観賞式庭園です。王の森を背景に、黒色片岩や緑色片岩を用いて

力強い石組みが施されているこの庭は、立体感に溢れ、山口県にある室町時代の画家雪舟の庭に

よく似ています。県下で最古の室町時代の作庭として、歴史的価値の非常に高い庭園です。

 

『沼島の南区にある観音堂』ここには「西光寺」の歴代住職のお墓があります。幼い私のお盆の仕事と言えば、ご先祖様や親類縁者の迎え火や送り火。お線香を持って、家からてくてく歩き、西光寺(南区)、神宮寺(中区)、蓮光寺(北区)、観音堂(南区)と回った覚えがあります。南区の家から遠い蓮光寺まで行くと何時もお線香が短くなり、幼心にお線香が無事に仏壇まで消さずに運べるか不安で、何時も最後は小走り状態でした。そして、最後に井上住職が眠る観音堂に到着した時には一仕事が終え、ほっとした思い出があります。家の仏壇には位牌が沢山あったので、先ずは菩提寺「神宮寺」(真言宗)の住職のお経が唱えられ帰られると、次に「西光寺」(浄土宗)、次に「蓮光寺」(浄土真宗)。私は何をしていたのか、仏壇の前でちょこっと座り、失礼がないようにとでも考えていたのでしょう。初盆の家には御詠歌のおばさんが6人位やって来て、路地の窓越しに御詠歌をあげてくれます。歌と鈴鉦と鐘の音色が子供心に平和で優しく好きでした。いつの間にか私は何となく、訳もなく「有り難い」と感じていました。

 

 

▼プロジェクトの展望・ビジョン

 今回のプロジェクトは「沼島再生」の第一段として沼島歴史年表(大型詳細版)を計画しました。これは今の沼島の現状を見て、多分島民以上の「危機感」を私が感じてしまい、私の「原風景」が消えてしまう寂しさから、何か自分に出来る事はとの結論が沼島歴史年表(大型詳細版)と成りました。現在の沼島の抱える問題は沢山あり、過疎、少子高齢化、限界集落、小中学校の児童数、漁業の不振、医療福祉など、多くの問題が山積しています。しかし、私が最も気になるのは、島民気質の変化です。誰でもマイナス要因が毎年追加され、長期間続けば当事者は萎えて当 然かも知れません。先ずは島民の意識再生に沼島歴史年表(大型詳細版)が役立つのではと考えました。その意味で、私はこのプロジェクトを沼島再生の「一歩」と思っております。沼島は紀伊水道北西部に浮かぶ島で、近海のおいしい魚の宝庫です。そして、淡路島の土生港から船で10分という利便性も考慮すると、これからの新規プロジェクトを企画する事で、沼島再生には大きな可能性を秘めていると想像しております。その意味でも、島外からの観光、移住などの人の流れが今後の島の再生や存続には不可欠と考えています。また、沼島島民には歴史上のあらゆる困難を「したたか」に生き抜いた知恵が備わっている筈です。私自身、この島には沢山の魅力と可能性を感じております。今後、「沼島の良さを大切」にして、「沼島再生」のプロジェクトを積み上げて行きたいと考えております。

 

『朝の港』漁船が出航すると港にも静かな時間がやってくる。港はべた凪で、聞こえてくるのは、空を旋回する鳶の声だけです。画面左奥の山並みは淡路島で、淡路島最高峰の論鶴羽山(ゆずるはさん)標高607.9m(一等三角点)が望めます。この穏やかな風景からは想像出来ませんが、明治時代末から大正時代にかけて、下関を中心に活動した日本有数の水産会社であった「山神組」は沼島出身の山野音吉・鶴松親子と大阪・ざこばの鮮魚商であった神平商店が共同出資し作った会社です。山神組は九州から朝鮮あたりの海で水揚げされた鮮魚類を、東京や京阪神をはじめ、中国・上海にまで卸していました。そして、1918年(大正7年)には「日本水産株式会社」(現・ニッスイ)へ発展しました。現在も沼島八幡宮の石造大鳥居や玉垣には「山神組」の名が刻まれています。

 

『朝の集団登校』沼島は小さい島ですが、南区、中区、北区、東区、泊区と5つの地区に分かれています。春祭りは5地区の「曳きだんじり」や担ぐ「かきだんじり」とともに地区毎練り歩きます。また、夏の盆踊りも地区毎の踊り場が設けられます。多分、この子達は泊区、東区、北区、中区の小学生が中区の港で待ち合わせて、南区にある小学校へ集団登校する光景かと思います。

令和2年9月現在、沼島の小学児童数11人、中学生徒数4人との事です。この子達も一生の朋輩(ほうばい)である事を願っています。

 

『船の顔』多分、沼島の子供達も一度は見た事があるでしょう。この船の顔は、自分が感じた様に写真に撮るのは意外と、結構、難しいと思いました。

 

『農民車』60年前の私の保育園時代は沼島で車と言えば、この一台だけでした。エンジンの音がうるさく、特に路地を走ると更に音がケタタマシイので、当時の沼島で交通事故で怪我をするトンマな子供はいませんでした。とにかく、この騒音が「危ないぞ、危ないぞ」と聞こえ、老人の自転車程度のスピードで走ってくるので、子供が注意するのはこの一台だけでした。しかし、現在の沼島には軽トラックが殆どですが、約20台程の車があり交通事故が0では無いとの事です。

 

『道案内』正式名称は知りませんが、島内の至る所に出現します。誰が思いついたのかは知りませんが、ケチのつけようの無く沼島に定着しています。私はこの案内君を探しながら沼島を散策するのも楽しいかと思います。

 

『手押し車』この手押し車は、沼島の伝統的デザインと色。車高が低く、魚や網を運ぶのに積み降ろしにとても便利です。また、手押しの取っての角度が沼島の時間の流れを考慮して、ゆったりしています。昨年末の事ですが、沼島汽船の乗り場で、淡路島の病院帰りの80歳過ぎの老夫婦

が船着き場に駐車してある自家用手押し車に、病人のお婆ちゃんを乗せ、お爺ちゃんが押して家まで帰る光景を見ました。その自然な感じがなんとも言えず、私には至福の時間に思えました。

 

『行ってきます。また来ます。』今まで何度この風景を見たのだろうと思いました。ぬしま保育園の卒園から18歳までは徳島へ帰り、その後は今の66歳までは東京に帰りでした。何時も沼島を離れる時は「さようなら」では無く、「行ってきます。また来ます。」でした。今から40年位前の事ですが、私は東京都の青ヶ島村(日本一人口が少ない村)に興味があり、撮影で通っていました。青ヶ島は八丈島から南へ海上95km、当時の船便が週1便、島民210人位だったと思います。また、海が荒れて定期便が欠航する確率も高く、欠航すると次の出航は1週間後。船は小さい上に外洋でよく揺れ、波をかぶりながら4時間以上の船旅でした。それでも1972年、18歳の時に椿丸で行った小笠原父島の44時間の事を考えると、この船旅は時間的には楽だったかも知れません。やっとの思いで島に上陸すると、すれ違う島民は意外と閉鎖的で、一目で解るよそ者の私は多分危険分子に思えたのでしょう。私が「こんにちは」と挨拶しても返事が返ってくるのは10人に一人位でした。そんな日が数日続きました。それでもどうゆう訳か、当時の青ヶ島中学校長に多少気に入られ、校長は卒業式の取材に来ていたNHKの取材陣より、若造の私を優遇し、中学校の卒業式を撮る場所と機会を優先してくれました。この件は今でも不可解です。私は中学校の卒業式の写真を撮り、島を離れる10人程の卒業生と八丈島行きの船に乗り込みました。船内の卒業生はおとなしそうな子から、生意気な子といろいろでしたが、皆この孤島以外の土地は知しりません。多分、いろんな不安や寂しさが入り交じり、みんな涙、涙、涙のお別れでした。私も写真を撮りながら、シャッターを押す度に涙でファインダーが曇りました。波が打ちつける岸壁では全島民が見送っていたと思います。船が桟橋を離れると、さっそく船は揺れ始めます。岸壁からの紙テープも直ぐ波に飲まれ、岸壁の島民達が大声で、『おもうわよ』『おもうわよ』『おもうわよ』と叫び、船内の子供達も泣きながら『おもうわよ』『おもうわよ』と、それはお互いの人影が見える限り続きました。私は「さようなら」「元気でね」とは違う、この別れの島言葉『おもうわよ』が実に感情的で美しく、今でも心から離れません。まるで『忘れないから』『忘れない』『忘れないから』を連呼する様でした。その『おもうわよ』の別れの言葉が、二つの意味の言葉になってお互いの心に響く。そして一生忘れない『素直で美しい別れの言葉』だと思います。

私はこの沼島の写真を見て、40年前の「青ヶ島の別れ」を思い出しました。

そして、私の根底にある沼島への心情が、今でも変わらずに生きている事を実感しました。

 

①本プロジェクトが予期せぬ出来事により、完成時期の遅延の可能性または、遅延した場合は

支援者の皆様に出来る限り早急にメールにて状況説明と、新たな完成時期のご連絡を致します。

 

②本プロジェクトが予期せぬ出来事により、中止になった場合は、出来る限り早急にメールにて状況説明をして、この度の支援金は(仮称)沼島写真ギャラリーの開設費用とさせて頂きます。

 


【プロジェクト終了要項】

●製作物    
沼島歴史年表(大型詳細版)

●製作完了予定日    
2022年3月20日

●製作個数    
1個

●その他    
沼島歴史年表(大型詳細版)は沼島の古代から現在までを5分割し、島内5地区(南区、中区、北区、東区、泊区)に展開する計画です。今回は1区(南区)での制作の為、支援金を応募致しました。今後、2区から5区での支援金の募集予定で考えております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロフィール

私は1954年に徳島市で生まれましたが、3歳から6歳までを沼島の祖父母と暮らし、沼島の保育園に通いました。その後は高校卒業までを徳島で暮らし、大学からは写真を志、現在も写真家生活を送っております。卒園から60年が過ぎても沼島の思い出「三つ子の魂」は私の根っことして、沼島にあります。今でも保育園からの友が3人沼島で漁師をやっており、沼島に帰ると酒を飲みながら昔話に花を咲かせています。私の祖先は沼島十人衆の太夫の家で、400年程前からの漁師の旧家と祖母から聞かされた事もあります。多分、沼島の長い歴史の流れの中で、漁師をやったり、水軍であったり、源頼朝の源平合戦や豊臣秀吉の朝鮮出兵に行ったり、蜂須賀公の参勤交代の船頭をやったりしていたのでしょう。私の経歴は写真一筋ですので、サイトで自己紹介をさせて頂きます。 http://ion.co.jp/wordpress/about

リターン

3,000


感謝のメールをお送りします。

感謝のメールをお送りします。

□感謝のメールをお送りします。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。

支援者
30人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

10,000


私のオリジナルポストカード(1)13枚 『Aegean Cat』エーゲ海の猫たちです。

私のオリジナルポストカード(1)13枚 『Aegean Cat』エーゲ海の猫たちです。

□感謝のメールをお送りします。
□私のポストカード「Aegean Cat」13枚セットをお送りします。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。

支援者
3人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

10,000


私のオリジナルポストカード(2)13枚 『Aegean Dog』エーゲ海の犬たちです。

私のオリジナルポストカード(2)13枚 『Aegean Dog』エーゲ海の犬たちです。

□感謝のメールをお送りします。
□私のポストカード「Aegean Dog」13枚セットをお送りします。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。

支援者
3人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

10,000


私のオリジナルポストカード(3)13枚  『世界遺産 小笠原諸島』父島•母島•南島•聟島•南硫黄島•北硫黄島の写真です。

私のオリジナルポストカード(3)13枚  『世界遺産 小笠原諸島』父島•母島•南島•聟島•南硫黄島•北硫黄島の写真です。

□感謝のメールをお送りします。
□私のポストカード「世界遺産 小笠原諸島」13枚セットをお送りします。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。

支援者
6人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

10,000


私のオリジナルポストカード(4)5枚  沼島の『飛び出し坊や』のポストカードです。

私のオリジナルポストカード(4)5枚  沼島の『飛び出し坊や』のポストカードです。

□感謝のメールをお送りします。
□沼島の沼島の「飛び出し坊や」のポストカード5枚セットをお送りします。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの
2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われない事とします

支援者
6人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

30,000


私のオリジナルポストカード 3種類 39枚『Aegean Cat』『Aegean Dog』『世界遺産 小笠原諸島』

私のオリジナルポストカード 3種類 39枚『Aegean Cat』『Aegean Dog』『世界遺産 小笠原諸島』

□感謝のメールをお送りします。
□私のポストカード3種類「Aegean Cat」「Aegean Dog」
「世界遺産 小笠原諸島」各13セットをお送りします。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。

支援者
1人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

50,000


私のギリシャ写真集「心の旅」エーゲ海の島々で幸せに暮らす、猫と犬と風景の写真集です。

私のギリシャ写真集「心の旅」エーゲ海の島々で幸せに暮らす、猫と犬と風景の写真集です。

□感謝のメールをお送りします。
□私のギリシャ写真集「心の旅」を1冊お送りします。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。

支援者
0人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

100,000


私のオリジナルプリント  沼島(1)    『夕暮れの上立神岩』をお送りします。

私のオリジナルプリント  沼島(1)    『夕暮れの上立神岩』をお送りします。

□感謝のメールをお送りします。
□私のオリジナルプリント  沼島(1)『夕暮れの上立神岩』をお送りします。プリントの画寸42.0 × 33.0cm、ブックマット加工で納品致します。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われない事とします

支援者
2人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

100,000


私のオリジナルプリント 沼島(2)    『黄昏時の上立神岩』をお送りします。

私のオリジナルプリント 沼島(2)    『黄昏時の上立神岩』をお送りします。

□感謝のメールをお送りします。
□私のオリジナルプリント  沼島(2)『黄昏時の上立神岩』をお送りします。プリントの画寸42.7 × 28.5cm、ブックマット加工で納品致します。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われない事とします

支援者
0人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

100,000


私のオリジナルプリント 沼島(3)    『残照の沼島港』をお送りします。

私のオリジナルプリント 沼島(3)    『残照の沼島港』をお送りします。

□感謝のメールをお送りします。
□私のオリジナルプリント  沼島(3)『残照の沼島港』をお送りします。プリントの画寸42.7 × 28.5cm、ブックマット加工で納品致します。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。

支援者
0人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

100,000


私のオリジナルプリント 沼島(4)    『早朝の鳶』をお送りします。

私のオリジナルプリント 沼島(4)    『早朝の鳶』をお送りします。

□感謝のメールをお送りします。
□私のオリジナルプリント  沼島(4)『早朝の鳶』をお送りします。プリントの画寸42.7 × 28.5cm、ブックマット加工で納品致します。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの

2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。

支援者
0人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

100,000


私のオリジナルプリント 沼島(5)    『沼島上空と淡路島』をお送りします。

私のオリジナルプリント 沼島(5)    『沼島上空と淡路島』をお送りします。

□感謝のメールをお送りします。
□私のオリジナルプリント  沼島(5)『沼島上空と淡路島』をお送りします。プリントの画寸32.6 × 43.6 cm、ブックマット加工で納品致します。
□沼島歴史年表に支援者のお名前やニックネームを掲載させて頂きます。
●命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターン
1. 命名権、メッセージの掲載その他これに類するリターンを選択して支援に関しては、支援者が以下に該当する名称又は表現等を使用した場合であっても、実行者は当該支援者の指示に従わないことができるものとし、この場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われないものとします。
①法律・条例に違反するもの
②公序良俗に反するもの
③政治活動又は宗教活動に関するもの
④実行者又は第三者の名誉・信用、知的財産権その他の権利を侵害するもの
⑤その他実行者が不適切であると合理的に判断するもの
2. 実行者は、支援者が前項に定めるリターンに係る権利行使を行う時期及び方法を定めることができるものとし、支援者が当該時期及び方法に従わなかった場合であっても、支援者に対する支援金の返金は行われない事とします

支援者
0人
在庫数
制限なし
発送完了予定月
2022年3月

プロフィール

私は1954年に徳島市で生まれましたが、3歳から6歳までを沼島の祖父母と暮らし、沼島の保育園に通いました。その後は高校卒業までを徳島で暮らし、大学からは写真を志、現在も写真家生活を送っております。卒園から60年が過ぎても沼島の思い出「三つ子の魂」は私の根っことして、沼島にあります。今でも保育園からの友が3人沼島で漁師をやっており、沼島に帰ると酒を飲みながら昔話に花を咲かせています。私の祖先は沼島十人衆の太夫の家で、400年程前からの漁師の旧家と祖母から聞かされた事もあります。多分、沼島の長い歴史の流れの中で、漁師をやったり、水軍であったり、源頼朝の源平合戦や豊臣秀吉の朝鮮出兵に行ったり、蜂須賀公の参勤交代の船頭をやったりしていたのでしょう。私の経歴は写真一筋ですので、サイトで自己紹介をさせて頂きます。 http://ion.co.jp/wordpress/about

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