みなさん、こんにちは。志賀です^^*

 

今日は、何故7DAYS Programがリベラルアーツに拘るのか、その理由を私なりの言葉でお伝えしたいと思います。

 

 

*そもそもリベラルアーツとは何ぞや

 Liberal Arts

 

歴史的背景をちょっと踏まえながら言うと…

「人を自由にする学問」

要は、束縛や隷属的な生き方から人を解放し、生きる力を身につけさせる学問として古代ギリシャで生まれたものです。言語系3学(文法・論理・修辞)と数学系4学(算術・幾何・天文・音楽)で構成される自由7科として考えられています。

※日本では「教養」と訳されていたり…^^*

 

文系でも、理系でもない。

学問の垣根をはらって、基礎的なものを総合的・統合しながら学び、一人間としての生きる智慧、考え方、根幹(基軸)を作っていけるのがこのリベラルアーツだと考えています。

 

 

※船に乗ったときのあまり関係ない写真だけれど、開放的な場所で朝焼けに黄昏れている感じが明日を待ってる風で素敵だったので…笑

 

 

*何故今、リベラルアーツが必要なのか

 

「7DAYSってなんかお勉強っぽい!あんま楽しくなさそう…?」

そう思われる学生の方もいるのかもなぁ…と思うと、ちょっと寂しい気持になります。だって、きっと今まで経験して来た「所謂、お勉強」と全然違うから。

 

私の考える「所謂、お勉強」は、知識が多ければ多い程良いとされる、詰め込みと暗記のお勉強。

 

けど、リベラルアーツは違う。

自分の人間観や、世界観、価値観、歴史観…そういった『自分の○○観』を育んでいくのがリベラルアーツだと思っていて、それは暗記や外付けの知識を得るものではなく、自分自身の生き方を問い、考え、構成していくものだから。

 

”私”として生きる智慧というと、近いかもしれない。

 

今、改めてリベラルアーツ(教養)が必要な時代だと思っています。

あらゆる情報に溢れ、あらゆる人が横断し、関係性の中での課題が勃発するなかで、「本当に、根源的な変化を創れる人間」が必要とされていると感じるからです。

 

今、社会で起こっている(起こりうる)問題は常に多様で複雑です。

「これが問題」

→「じゃあこうしよう」

Problem solving的な思考(問題解決思考)が流行ってはいますが、大切ではあるものの、非常に不完全だと感じています。

 

*その問題は、根源的にはどこから起こっていて、

*何と関係性があって、

*本当はどんな姿が理想で、
*その為には何が本質的に変化を必要とする部分で、
*誰がどんなふうに取り組まないといけないのか

 

を考えられぬまま、絆創膏的に物事を処理していく様子が沢山あるなぁと思います。

 

こんなに、こんなにも人は頑張っているのに、

何でいつまでも貧困はなくならないんだろう?

何でいつまでも人は戦争するんだろう?

何でいつまでも一見幸せそうに見える人程、不幸さを嘆いているんだろう?

 

過去のセオリーや先例の踏襲、部分的なものの見方では、いま実際に起こっている問題や現実と対峙し、本当に必要な変化を作っていくことが出来ないと考えています。

 

そんな中、リベラルアーツは本質を見抜き、自分が常に主語主体となって考えながら全体性の中での一部を見る力を養うものでもあると思うのです。

それは、今を生きる智慧であり、過去の知識を再編集して活用する能力であり、常に現実と対峙出来る愛、を育むものだと思っています。

 

複雑で課題が蔓延する現代の中でこそ、自分自身で真実を問い、本質を見極め、行動する力を養うことが、社会を持続可能でより良いものにしていく為に必要不可欠です。

 

その為の、リベラルアーツだと思って、プログラムの中心に据えています^^*

 

 

 

*リベラルアーツでどんな力が育まれるのか

 

自分の○○観を持ち、全体を俯瞰した上で、本質を見極める

 

これが、今まで語ってきたことですが、

もっと言うと、

 

「矛盾や葛藤の中で生き続ける根性」

 

でもあるかなぁと思っています。

 

私の、いちテーマが

「愛と力を持つ人間(優しくて強い人間)が世の中に増えること」

でもあるので、ついつい繋げてしまうということもあるのですが…笑

 

だって、、、

リベラルアーツをすると、迷います。

 

世界の広さを知り、その中でのあらゆる立場に置かれた人を知り、大と小の舞台が激しく混ぜ合わさる中で、何が正義で、何が善なのかがわからなくなってしまうから。

それぞれが、それぞれの立ち位置で、必死になって生きている姿に想いを馳せれるようになるからです。

 

しかし、迷い悩みながらも、自分の○○観は自然と養われていて、その中には意思決定軸も含まれている。

そうすると、結果、どんな課題に直面しても、「自分は、こう捉える」という軸の元に動くことが出来るようになり、形としてリベラルアーツをしていた意味が体現されていくのだと思います。

 

まさに、根性だと思う。

辛くても苦しくても、想いを馳せた上で、自分が思う最善の意思決定を随時して行くということ。

 

でも、そういう人間が増えることでしか

世界は優しくならないと思うんです。

 

リーダーだけに必要な能力ではない、(勿論リーダーはこうあるべきだと思うけど)

親子の関係でも、恋人関係でも、友人関係でも、なんでもかんでも。

想いを馳せ、その上でこうする、という意志のある選択が、人が優しく愛を持って生きていく為に、本当に必要だと思っています。

 

 

世界や社会、隣の人に想いを馳せること

愛する意志を持つこと

自分の生き方を貫くこと

本当に必要な未来から現実を作ること

それに対峙し続ける根性を持つこと

 

 

なんとなく、キーワードとして持っている言葉達です。

 

 

少なくとも、

『世界は広く、智は深く、人間は強く繋がっている』

 

そんな感覚を、参加者達に持って帰ってもらいたいなと思います^^*

 

 

※「ジブリの森美術館」にて。ジブリオタクの私としては、リベラルアーツを学んでいる人って、何だか、静かな巨人のイメージで、ラピュタの兵士達みたい。

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