今回のクラウドファンディング。

 

「谷中銀座商店街」という

とても名前のあるプロジェクトをやっていますが、

個人的にはとても「振り返り」のような気持ちでいます。

 

それは実は3年前に自分の会社が一人になったからです。

 

今から10年前に父親から事業を引き継ぎましたが、

当時は地域も不動産も経営もよくわからず、

30歳だった自分は毎日が必死でした。

 

最初は親の会社時代の番頭さんと二人で始めた会社でしたが、

やはりパソコンを使えない番頭さんには涙を飲んで勇退頂き、

そこから最終的には女性ばかりの社員さん2人パートさん1人、

合計自分を入れて4人の会社をやっていました。

 

パートさん含めて全員宅建の資格も取ることができて、

社長の自分がいなくても会社は勝手に回っていて。

 

当時は自分の会社がある商店街のことや、

文京区全体の商店街連合会の事業のことをやっていて、

とても大きなイベントを補助金を使って担当していました。

 

今から4年前のことです。

色々と勢いづいて天狗になっていたこともありました。

 

ただ、きちんと神様が見ていたようで、

会社を始めた時から会社を支えていた大きな法人取引が

突如解約されてしまい大きな利益を失うことが確定しました。

 

当時はインパクトが大きすぎてとても冷静に対応していましたが、

とても3人のスタッフは抱えることができなく、

おひとり、おひとりと向き合い、

最終的にはたったひとり自分だけの会社でリスタートしました。

 

今から3年前のことです。

 

全て人任せだった自分は本当にゼロから全てをやりなおしました。

毎日の掃除、倉庫の整理、事務備品の片づけ、事務所のレイアウト変更、

4人だった会社が一人ですからとても寂しかったです。

 

お酒を飲んだ会食帰りに自分の会社に寄ったら、

4人いた頃の会社が目に浮かんで一人泣けていた時もありました。

 

ただそんな状況を経営の先輩は「人生には踊り場がある」と言って頂き

少しずつ自分を振り返り、自分は何の為にいるのか、

これからどうするのかを仕事を止めてでも考えつくした時がありました。

 

そこから出てきた答えはやはり自分は不動産がやりたいし、

以前に新着情報でも書いた

 

『今の小さい子供に「将来不動産屋さんになりたい」と言って頂ける

仕事や業界にする』

 

という志を目指そうと、

一度止まった自分という球をまた動かし始めようと思ったのでした。

 

 

 

それが今から2年前のことでした。

 

大きなことを動かすことは経験していたので、自分自身を自分で動かすか、他人から動かされるか、

 

これも自然に待ってみようと決めたときに現れたのが

今では事業の柱となりつつある飲食業開業支援のきっかけになった「Okaeri」の店主でした。

 

人のやりたいを叶える為に自分を動かしたい、

そう思って本当に色々なことをやりました。

 

そんな時に同じタイミングで偶然にもう一人やってきたのが、

現在の弊社のもう一つの事業になっている遊休不動産活用のきっかけになったhanareの宮崎さんでした。

 

 

この2つの案件を当時は同時にやっていて、とても忙しかったですが、それでも会社は「ひとり」。

 

通常の不動産業もやらなければいけなく、とても大変でした。(今でも大変ですが)

 

「ずっとお前会社にいないじゃないか」と大家さんから言われることも多く、「かわいそうだね」と言われたこともあります。

 

でも「応援しているよ」と言ってくれた人もいます。

 

大きなことをやっている時は人は沢山集まってきて、

一人になった時は人がいなくなることも経験してきて、

 

自分がつらい時に側にいてくれている人が本当の「ご贔屓」さん

という意味もこの時に知りました。

 

そんな状況でOkaeriをオープンさせ、hanareも世界的に有名になり、

少しずつ自分の方向性を修正していき、

 

これでやり直そうと思えた今年の4月。

いよいよ求人を出してみようと掲載したのが「日本仕事百貨」でした。

 

色々な求人媒体がありますが自分のやっていることを表現するには

ここが一番適していると思い掲載を依頼。

取材をお受けした後に出てきた原稿のタイトルが「愛すべきおせっかいさん」でした。

 

実はOkaeriや急遽谷中から三ノ輪へ移転した「フレール」さんの仕事は

当時は報酬というものを頂いていませんでした。

 

 

それは、どの案件も相手が困っていることであり自分の持っている不動産という知識と経験が役に立ち、

おこがましいけど他人を救えるのであればそちらが優先だと素直に思ったからです。

 

もしかすると人生のどん底だったこの時だからこそできたのかも知れませんが、それが「おせっかい」という言葉に結びついたのかもしれません。

 

「愛」ということば結構好きです。相手の心を受け止めると書いて愛。

 

当時はそんなことを思って日本仕事百貨さんに求人記事を書いて頂きました。

 

求人当時はこれも10年続けているブログに「働くこと」について沢山書いています。

 

千駄木で働く不動産社長のブログ

http://ameblo.jp/naoken123/theme-10094506622.html

 

求人の結果はブログの最後のページに書いた通りなのですが、

日本仕事百貨の記事にはHAGISOの宮崎さんにも出て頂き、

そしてこのクラウドファンディングの主役の

Things.YANAKAの不動産オーナー様にもご協力頂いております。

 

谷中銀座という地域でどうしてThings.YANAKAを始めたか。

少しでも感じて頂ければと思い、当時の求人をご紹介しました。

 

引き続きこのクラウドファンディングにもご支援のほど

よろしくお願い致します。

 

 

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