「街の商店街」と「街の不動産屋さん」と、両方をやっていなければ

こんなに大変なことをやっていなかったかもしれません。

 

つくづく何をやっても反応ないなか、まだまだ悶々とした日は続きます。

 

ある時は【谷中銀座商店街になんの為にくる?】と

フェイスブックページで呼びかけたりもしました。

 

違う日はまた現地を開放して人を待っていたこともありました。

 

ツイッターも長いことやっているのですが、

そこでも色々とつぶやいていたのですが、

 

「谷中銀座商店街」という言葉で反応はあるものの、

ある時今のThings.へのきっかけとなる見知らぬ人からのツイートが

とても衝撃を受けました。

 

『そんな建物丸々と借りるようなのお金ない若い人は無理よね』

という内容の言葉でした。

 

当時は谷中から三ノ輪へ移転したフレンチのフレール高橋さんの

移転とクラウドファンディングが成功した後でした。

 

それから「コトづくり」を不動産業界でもやらなければいけないと、

しきりに一人で言っていた時期でもありました。

 

この年の一年前に使われていない木造アパートを

「旅館」へリノベーションをした「hanare」の事業にも参加していました。

 

そしてちょうどこの時に個人的なキーワードで

「副業」や「兼業」、「パラレルワーク」や「小商い」という言葉が、

社会的にも少しずつ出てきたタイミングでした。

 

そしてなんと言っても、

自分がこの不動産業をしていつも思っている志である、

『今の小さい子供が「将来不動産屋さんになりたい」と言ってくれる仕事や業界にする』という気持ちに、この時は正直にありたいと思いました。

 

 

この時は2016年のスーパームーンの日(11月14日)でした。

 

ひとり暗い中でこの建物にいて、色々と建物を行ったり来たりしていました。

そして響いたツイッターの言葉。

 

そうしたら

「若い方でも借りれるくらいに『小さく分けたら』使っていただけないか?」

というアイデアが現地で浮かびました。

 

恥ずかしながら10年続いた会社も色々あり、今は一人の会社です。

 

大きなお金が会社にある訳でもありませんので、

この日は何の根拠がある訳でもないですが、

 

不動産を通じて「コトづくり」をする社会にしたいのが、

私自身のコトです。

 

このコトづくり。当時は誰も見向きもしてくれませんでした。。

特に不動産業界は「お金」で動く世界なのと当時はちょっとしたバブル。

 

当たり前のことを当たり前にしたいだけなのに、

どうしてこんなに人が無関心なのだとずっと不完全燃焼でした。

 

なので口で言っているだけでなく、

まず自分が行動をしなければ説得力がない。

 

本当は会社の10年目にして安定をしたいのに、

この時はもうあまり深いことを考えずに、

建物のそばで所有者様に震える手で電話をしました。

 

「僕に使わせてください」と。

 

 

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