本日は、特別の日です。7年前東京出張時に被災しました。東京では、情報が削痩しており、何が起きたかよくわからない状態でした。

宮城県の出身者が、会議の途中にあわてて帰ったりしましたが、

家についたのは、翌日の夜遅くだったようです。

交通網がズタズタで本当に多くの方が、駅にいました。

 

 携帯も繋がったり、繋がらなかったり、わからないから周りの様子もよくわからず、事の重大さも全く分からずでした。

コンビニで、非常食になるようなものを買ったりしました。

その夜のうちには、食料品が店から消えていった。

 電車もタクシーも走らない状態となり、高速バスも欠航。

朝まで野宿だと覚悟を決めていたら、

九州の連れのホテルに泊まる事が出来た。

ホテルのご厚意により、シングルからツインルームにしていただけた。

ありがたかったです。

 しかし余震が続く中朝まで、ウトウトしながら、

熟睡することはできませんでした。

 

 翌朝 とりあえず東京駅まで行こうと

 山手線は動いていないために数駅歩いて東京駅を目指しました。

 とりあえず下りは、動いているとのこと

途中の駅のみどりの窓口で切符を購入。

何とか東京駅につくと大勢の人が、切符の購入に長蛇の列が出来ていた。

きっと購入するまでに何時間かかるのかわからないほどだった。

 こんな時でも律義に列を作り、切符を買う人々に、

日本人って素敵だと感じた。

そんな大勢の人を横目に新幹線に乗る事が出来た。

 とりあえず帰る事が出来る安心感から気が付いたら名古屋だった。

 

関西に戻ると震災とはよそ事かのように普通の生活が行われていた。

 自宅に帰り着いたときに、

はじめてとんでもないことになっていたことに気づいたのです。

まるで、ウルトラマンが怪獣と戦っていた空想の世界のようだった。

 原発の爆破をみて、日本が終わると感じた。

 

このことが今の私に大きく影響を与えていることは間違いありません。

 

地球が怒っている。と思った。

 

 

地球に大きな負担を与え続けた結果

人間の無能さを本当に感じた。

 

生かされたんだと思っています。

 

何か出来ないか

 

 

今回のプロジェクトで、すべてを解決する事は出来ないが、

私が出来る事を出来る範囲で取り組む

 

他人事でなく、自分事に考えることが大切だと教えられた。

 

期日までに目標を達成できたことに本当にうれしく感謝します。

 

まだまだ これからですが、 最後までご支援ご声援いただきましたこと

まことに感謝いたします。

 

パネルも昨日84枚を乗せる事が出来ました。

あとは、電気系統の接続です。

 

ここからは、キヅキ商会様にお任せです。

 

田植ベントの時には、皆様にご覧いただけると思います。

 

これからもアイガモの谷口をよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

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