本日、河北新報に「認可保育所移行資金募る」の見出しでクラウドファンディングに取り組む保育園の記事が載りました。記事にもある通り「保育所の必要性が高まる中、利便性の高い場所で質の高い保育を守りたい。」

改めてみなさん!力を貸してください!!

 

 

1987年、前途の困難を覚悟の上でビルの5階に保育園を誕生させました。当時、産休明けから入園できる保育園、勤務時間に見合う長時間保育を行っている保育園が仙台市内にはほとんどありませんでした。また、実態にあわない保育制度の枠組み自体を変えていく運動とその運動のセンターが必要でした。仙台駅前仙台朝市通りの小さな無認可の保育園、朝市センター保育園は、大きな重い使命を肩に背負って産声を上げたのでした。

 

そんな保育園の28年間をカメラのレンズ越しに見守り続けてきた方がいます。写真家の高橋迪子先生です。2014年8月、写真集「育ちゆく力 朝市センター保育園 Ⅱ」を出版しました。

仲間の呼びかけや笑顔や涙を体いっぱい受け止め団子のように絡まり合いながら自我を膨らませていく子どもの時間。まなざしの奥に息づく本当の願い、まなざしの先にある心揺さぶるものを共に感じながら子どもたちの新しい世界を拓いてきた大人たちの日々。始まったばかりの子どもたちの人生に刻まれた保育園の日々を、高橋迪子先生のカメラは透き通ったまっすぐなまなざしで切り取り映し出して見せてくれました。高橋迪子先生のモノクロの写真の一枚一枚が、どんなに保育者の心を癒し背中を押してくれたかしれません。

 

卒園後、岩手県大槌町に引っ越した二人の姉妹がいます。震災の時は中学生でした。津波からは逃げ延びたものの、多くの物が流されました。保育園の卒園アルバムも・・・。あちこち探し歩いたけれど見つからなかったと、しばらくたってから知らされました。

保育園の卒園アルバムは、高橋迪子先生が撮ったその子、その子の写真で埋め尽くされていて、ひとり一人全部違うこの世にたった一つしかない「写真集」です。

このことを知った同級生たちは、もう一度アルバムを作ろうと立ち上がりました。高橋迪子先生のご自宅におじゃまして保存されている写真のネガを見せてもらいました。卒園して10年近くが経っていましたが、膨大なネガ集の中から、保育園時代の彼女たちのあどけない表情がいくつも飛びだしてきました。歴代担任や仲間のメッセージも添えてアルバムは復活し、大槌町の彼女たちの元に届けに行く企画も行われました。

保育園を卒園して10年、久しぶりに再会した子どもたちが、頭を寄せ合い歓声を上げながらアルバムを覗き込んでいたその時の姿が胸に焼き付いています。ふるさとを再生していく力がここにあると思えた瞬間でした。

 

 

震災を乗り越えてきた保育園は、今また激しい変化の風の中にいます。2400万円の認可移行資金を確保するという大きな課題を背負いながら・・・。しかし、朝市場の中の小さな保育園は、向かい風の中で強くたくましくなってきました。つないだ手を離さず顔を上げて風の吹く道を歩いて行きます。爛漫の春の真ん中で、笑顔交し合う保育園が、再び迪子先生のカメラに納まる日が来ることを信じて。

 

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