松尾芭蕉の研究者であった夫、濱 森太郎の遺された原稿を世に出したい

　2020年12月から執筆を開始して、一通り文章にしたのが2021年9月でした。

そこから自分なりの修正を加えて、第三者の添削へまわせると思ったのが2021年11月のことでした。

　私としてはそこでほぼ完成！簡単な修正をしたら印刷できるものと思っておりました。しかし、そこからが長かった。章立ての大幅な組み替えなどもあり、校了できたのはそこから８ヶ月も後の2022年7月になっておりました。

　ながく三重大学出版会に関わってきたつもりでしたが、著者と編集者の苦悩についてはまったく理解していなかったのだと、痛感いたしました。

 

　このたびのクラウドファンディングにコメントをお寄せいただいた方の中に、森太郎と編集や校正に関わって、苦しんだ思い出を語ってくださった著者様がおられましたので、ご紹介させていただきます。

 

 

＜森康則様より＞

 

　2013年3月に三重大学出版会から「温泉とは何か－温泉資源の保護と活用」という書籍を出版させて頂いたのですが、その製作過程で、濱森太郎先生には大変お世話になりました。

なかなか思うように自身の執筆作業が進まない中で、濱先生には御迷惑をおかけしながらも、何度も何度も原稿の修正を繰り返しました。

　まずはじめに14万字の第1稿を提出したところ、濱先生からすぐに7万字まで減らすように言われました。

　混乱の中で書き直した第2稿を提出するものの、またその原稿に抜本的な修正が入り、さらにその修正作業を繰り返して、結局、第5稿まで書き直すことになりました。

気が付けば、執筆開始から出版までに2年以上かかってしまいました。予定から大幅に遅れ、まさに最終期限ぎりぎりでした。

　

　僕は出版会のデスクで、校正箇所のあるページに付箋をつける作業をしていた。校正稿への付箋は、ほとんどのページに貼ることになる。たかが150ページほどの薄っぺらい本に、校正箇所は軽く500箇所を超えているからだ。校正作業は神経を使う作業である。技術書だけに、絶対に間違ったことは書けない。僕が作業をしていると、先生が僕の横にやって来た。

 

「編集者としてみると、あなたのようなタイプはなんとなく安心ですね。あなたは本を書くのが向いているんだろうと思います。あなたは本を書き続ける『我慢』ができるでしょう？本を書くために、いちばん大事な素養ですよ。なかなかこういうことができる人は少ない。とにかく忍耐力が大事です。本を書くのは孤独な作業ですからね」

 

先生は新しい付箋を僕に渡しながら、そう言った。僕は

 

「本を書くときに大事なのは、最後まで書き続けて、本ができるまであきらめない、ということじゃないか、と思うんです。時間無制限のマラソンみたいなもので、前に進みさえすれば、いつかはゴールができますからね。完走さえすればいいんです。でも実際には、マラソンよりもはるかに長い距離を走らなきゃいけない。あえて本を書くことがすごいのだとすれば、長い距離を孤独に耐えながら走り続けること、つまり本を書き続ける我慢ができることがすごいんだ、と、そう思うようになったんです。」

 

「私もそう思います」

先生は同意した。

 

　それまではあくまで、編集長と著者という、ある種の緊張感を伴う関係だったのだが、そのとき初めて、その緊張感が少しだけ和らいだような気がした。

　それ以降も僕は付箋を貼る作業を続けたが、結局、すべてに付箋を貼ることはできなかった。校正箇所が多すぎて、用意していた付箋が全てなくなってしまったからだ。