7月のダッカ・カフェ襲撃事件の後、バングラデシュの活動を心配してくださる声をかけていただくことがあります。当時、私はダッカにいましたが、それでも日本で大々的に事件が取り上げられたことは、私への直接取材の電話、ネットニュースを通じて感じていました。銃弾で穴だらけのカフェや治安維持のために街に出動している戦車の映像を見たら、それは心配になりますよね。

 

みなさんに心配されながらも活動を続ける理由を今日は少しお伝えしたいと思います。

 

2016年7月、バングラデシュ首都ダッカで起きた人質テロ

日本人7名を含む20名の人質が命を落としたこの事件は、44年間にわたりバングラデシュで活動を続ける私たちにとっても大きな衝撃でした。

 

この事件の予兆は、2015年9月に援助機関スタッフのイタリア人男性が、10月に農業技術支援をしていた日本人男性がISを名乗る武装組織に殺害されたときに始まりました。私たちはこれらの事件を機に「自分たちNGOもターゲットになり得る」と確信し、当時ダッカ事務所長だった私ともう一人の駐在員は細心の注意をもって行動していました。不穏な空気が漂う中、ついに事件は起きてしまいました。

 

なぜ、私たちは活動を続けるのか

事件発生後、シャプラニール内では駐在員を退避させたほうがいいのではないかという意見もありました。バングラデシュでの活動継続の是非についても議論をしました。しかし、私は活動継続を主張しました。

 

バングラデシュの経済成長率はここ近年高い数字を保っていますが、この著しい経済成長は格差の拡大と表裏一体です。例えば農村と都市の経済的、教育の格差は拡がり、男女の社会的地位の格差も依然として存在しています。

 

私たちは行政やNGOの支援から「取り残された」人々への支援を意識して行ってきました。先住民族の子どもたち、障害者、高齢者、交通アクセスの悪い遠隔地、そして児童労働に従事する子どもたち…。

 

格差や不公平が広がる中、その支援を今やめるわけにはいかない、これが活動を続けている一番の理由です。

 

そして、何より私に人間としての強さや優しさを教えてくれたバングラデシュとバングラデシュの人々が大好きです。

 

私たちのことをバングラデシュの人々が受け入れ、支えてくれなければ44年という長きにわたる活動は続けてこられませんでした。彼らと本気でぶつかってきた中で培われてきた信頼関係があったからこの地で活動を続けていく決断ができたのだと思います。

 

家事使用人として働く少女への支援もおかげさまで、事件でストップすることなく続けられています。今後もこの活動を継続して少女たちを取り巻く環境を変えていきます。

 

皆さま、ご支援よろしくお願いいたします。

 

ヘルプセンターでバングラデシュ人スタッフと活動について話し合いをする藤﨑(c)Atsushi Shibuya

 

スラム街の向こうには高層ビル。ダッカにて。(c)Atsushi Shibuya

 

朝の村の風景。ほっと落ち着く。(c)Atsushi Shibuya

 

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